2013年02月20日

2011.3.11memorial

間もなく2年が経とうとしている・・・
当時、何かをしなくてはいけないと言う気持ちに駆り立てられ
J-HEART Tシャツを作り皆に協力を呼びかけた。
集まったお金で、お米やレインウェアや色々の物を買い
車に詰め込み東北を目指した・・・ 

一週間程のボランティアであったが、確かに皆の思いを
届けられた事に、いたたまれなかった気持ちは和らいだのを
思い出す。

協力してくれた皆さんの写真が手元に揃わなかったので
全ての人を映像に残しす事は出来ませんが
2年が経とうとする今
改めて「ありがとう」と言う思いが込み上げ
スライドショーに残しました・・・
BGMは当時作っていた曲 - BROTHER -
この曲を口ずさみながら
皆さんの誠意に背中を押された一週間でした・・・


皆の思いを届けた岩手県・山田町のSさん(スライドショー最後の人)は
仮店舗ではあるが、食堂を始めたそうです・・・
当時の詳細は2011年アーカイブにて



                          
                                                                                                                                                                                                             

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2011年11月20日

初雪

私も高橋さんも彼のやるせない思いに何か手を

差し伸べたかった・・・
  
「コシヒカリ少し下ろそうか」と思ったが

今回のお米は山田町に持って行くもの・・・

途中変更も有りだが・・・

  
 
結局、高橋さんは彼の住所を聞き後日お米を送る事に

そして私は、車に積んで有ったJシャツを彼に渡した。

  
Sさんと私・・・
 
  
見ず知らずの私達に自身のやるせない思いをぶつける・・・

きっと彼は、誰かに吐き出さずにいられなかったのだろう・・・
  
  
  
気仙沼の人達が悪いのではない、人をそこまでに追い込む程の

大災害だったのである。
  
  
胸のうちを吐き出すSさんと私めめめ
  
  
翌朝6時起床・・・朝飯もしっかり頂く

さあ、陸前高田経由で山田町を目指す・・・・
  
  
  
一関インターで下車し、国道343を進む・・・

途中、アンポンタンなカーナビは、またもやどえらい遠回りをガイドした。


ナイスなカーナビのおかげで遠回り・・・

昼、陸前高田に入る・・・

6月に来た時に比べると骨組みだけ残っていた建物等は全て撤去されていた

以前の町並みが分からないのでなんとも言えないが、草が生え津波の爪跡は

少し和らいだ気がした。

高橋さんは「こりゃ~建て直しに多大な費用と時間が掛かるな~」と呟き

息を飲んでいた・・・
  
  
まだまだ残るガレキの向こうに陸前高田病院

陸前高田全体がさら地に・・・

線路が・・・流されている

  
  
そして2時!山田町に入る・・・

やはりここも陸前同様、和らいだ気がするがあくまでも前回と比べてとであり

至る所に壊れた家や車は放置されている・・・
  
  
前回6月の写真
沢山の方が亡くなった老人施設
  
今回・・・同じ場所
すっかり解体されていた


目的の山田町のSさんと会うのは午後6時なので、2時間ばかり

待ち合わせの山田駅跡地に車を止め、アウトランド号で仮眠する。

駅前と言っても駅舎も線路もない・・・
  
  
  
あちらこちらで寸断されている
  
  
6時20分くらいに山田町のSさんが震災復興の仕事を終え

駅前に現れた・・・5カ月振りの再会である。
    
  
仮設店舗の前で
  
    
簡単に立ち話で高橋さんを紹介した後、駅前に仮設で出来た

ラーメン屋に入り、高橋さんが来る事になった経緯を話し
  
お米120キロを渡した。
  
  
Sさんの車に米を積み込む高橋さん
  
  
   
豪快な高橋さんに少々圧倒されていたようだが

私は「繋がりを自分のものにしてくれ~」と心で願った・・・
  
  
  
そしてSさんとは8時に別れ、今宵は宿に泊らずいっきに帰ろうと

高速方面へ・・・

途中山田町から遠野へ向う峠道で、今シーズン初の雪に降られ
  
あぁ・・・いよいよ雪のシーズン到来かぁ~と、豪雪地「十日町」に

向けて、アウトランド号を飛ばした。

  
この写真を撮った後、道は真っ白になって行った
  
  

最後に・・・被災した人達と、その人達を応援する人達の

間を繋ぐ事・・・そう簡単ではない気がした・・・   
  
  
  
  
  

PS

十日町親父の心意気!・・・高橋さんありがとう!  
  

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2011年11月19日

言葉を失う・・・



ニコニコ高橋さん



磐越自動車道を高橋さんと二人「ギュィ~ン」とアウトランド号を飛ばす!

さすが農家を営む高橋さん、放射能感知マシーンを持参!

十日町では0.09マイクロシーベルトだった反応が

福島県が近付くにつれて上がり始めた・・・

0.10・・・0.23・・・0.29・・・0.30・・・

そして、東北自動車道「二本松」付近では0.365シーベルトを示した。 

二本松でこの数値・・・このまま原発に近付けばどれほど上がるのか・・・


0.365マイクロシーベルト

  
  
高速を走りながら見える景色は、田園・・・

米の収穫は7割方終わっているようだった・・・ウムゥ~

国は安全だと言うけれど、この数値は凄いと高橋さんは言う。
  
  
  

ほんま、こんなにはっきりと数値で示されると、結構リアルである・・・

0.365シーベルト・・・こりゃ~福島県はこの先どうなる・・・

原発を推進した国は、どう責任をとるのだろう・・・と事の大きさを

改めて実感した。
  
    
その後は、福島を離れるにつれて低くなり0.10程度が続いた・・・
   
  
   
午後4時30分、菅生サービスエリア・・・トイレ休憩。

私一人なら、睡魔に襲われるまで突っ走り車中泊なのだが

高橋さんから「何処か宿を」とリクエストを頂き、車に搭載のパソコンで仙台に

宿を取る・・・今回の予算は高橋さんもちなのでオーナーの支持に従う・・・

よってマヨネーズパンは今回出番がない! ラッキー?
  
  
  
6時前に宿に到着・・・

ラドン温泉「天龍核」? 失礼「天龍閣」・・・5時前に予約を入れて

食事付きで大人二人16000円で取れた・・・

フロントにチェックインすると、私達で満室になったそうだ!

おぉぉぉぉッ・・・平日なのに繁盛している・・・と思いきや

仙台の震災復興の為の業者さんばかりであった。
  
  
     
喫煙所で居合わせた彼・・・

私が「何屋さんですか~」と尋ねた事から、震災のリアルな話が

聞けた。
  
  
  
  
現在S君は、鉄筋屋に務め仙台港の震災復興に汗を流している
  
  
    
震災当日、彼は気仙沼市のケーキ&カフェのお店の従業員で

いつものように店で働いていた・・・そして14:46地震発生
  
大きな揺れが収まった後、従業員がホールに集められた・・・

彼、Sさんは店の斜め向かいの倉庫に在庫確認の為向かう・・・

荷崩れを直し店に戻ろうとして前を見ると押し寄せる津波・・・

慌てて振り返ると、後ろからも津波が・・・

無我夢中で高台の方へ駆け出すが、ふと後ろを振り返るとヨタヨタと歩くおばあさん・・・

この時、数秒の間で彼は本当に悩んだそうだ「1人高台に逃げるか、助けるか」

「高台に逃げるか、助けるか」「逃げるか、助けるか」「逃げるか、助けるか」  
  
気が付けば、おばあさんに肩を貸し必死に走っていた・・・

そして、無事高台に避難出来たそうだ。

その後、母親と妹の住む家へ、道無き道を歩く・・・

家族の無事と家が大丈夫であった事を確認・・・
  
続いて、彼女を探す・・・2日が過ぎる・・・

途中見つけた炊き出しの握り飯を片手に、彼女探しに途方に暮れる

翌日、彼女の無事を確認・・・

そして、着の身着のまま勤めていた会社へ向かった・・・
  
  
   
心身ともに疲れたSさん・・・ここから心を傷つけられる。
  
  
    
やっとの思いで辿り着いた店・・・皆は何とか無事だった・・・

そして、社長の奥さんの第一声・・・

「自分一人で逃げて、助かって良かったね」だったそうだ・・・

心がえぐられそうな冷ややかな言い方だったらし・・・

その上、月末の給料日・・・

車の免許取得の為、前借していた。月々の返済は3万・・・

しかし、社長から・・・「こんな時だから、いつ返済出来るか分からないので

今月の給料は全額返済に充ててもらう」との事だった。
  
  
  
家が流されなかった彼らには、救援物資の連絡は無し・・・

避難所へ行っても「家が大丈夫な方は」後回し・・・

当然、義捐金の割り当ても無かったそうだ・・・
  
気仙沼駅前のジャスコでは、1階完全水没、2回家電・家具・衣服は

全て盗まれ、それを売りさばく人・・・

AUショップに勤める妹は、震災後「被災者なのだからバッテリーや携帯ををタダでよこせ」と言う

客が押し寄せ・・・被災者でもある自分の事は何も言えず鬱病に・・・

等など、ほんまに彼は人間不振に陥ったそうだ・・・
  
  
  
  
気が付けば、高橋さんと二人言葉を失っていた。
  
  
  
  
続く・・・
  
  
  
  
  
  
  
  
    
  
  
  
  
  
  
  
  
    
  
  
  
  
  
  

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2011年11月17日

点を線に・・・

前回6月の東北被災地ボランティア

3.11 J-HEART Tシャツを作り

多くの方から協力を頂き、約10万が集まった。

莫大な被害の中、たかが10万・・・されど10万

ポンと日本赤十字に送るのでは、なにか違う気がしたし

広い範囲に届けるには価値が低い・・・

ならで義援物資を持っていくと決め
  
ネットや友人達からの情報から

岩手県山田町に行く事にし、被災地のSさんを尋ねる事になった。


6月・・・彼Sさんと初めて有った時


そして、この時にSさんが被災者の仮設住宅で10月位から食堂をやりたいと言う

想いを聞き、それに協力すると約束し別れた。
  
  


しかし、その後彼と連絡をとると

役場の方から復興プランが決まっていない事と

新規の事業は今は認められないと言う事になり

彼の想いは頓挫した・・・

が、彼は「来年3月には」と目標を建て直し

私の協力体制もそのまま3月に持ち越しとなった・・・

  
  



一方、J-HEART Tシャツチャリティーに協力してくれていた十日町の松之寿司では

私が当初予定していた10月にSさんの食堂応援米を持っていくと言う話しが

ある人に伝わり「米を提供するから、私を現地に連れて行ってくれ」と言う

話が盛り上がっていた・・・



3月に変更になった山田町行き・・・しかし、その人は

「なるべく早く現地の状況を」「出来るなら降雪前に・・・」と・・・



10月に行く話しは3月になりましたと変更をしてもよかったのだが、

月日が経てば現地の整備も進み被害の凄さ感が少なくなる

それに、その方のモチベーションも下がる・・・カァ~ 


  
十日町コシヒカリ300キロの米の無償提供・・・

十日町の農家の親父の心意気!

せっかくの気持ちを下げる訳にはいかない・・・


   
  
よっしゃ~行きますか! 点を線にしたろか~い!

と、その方と山田町のSさんをつなげようと言う気持ちに切り替え

アウトランド号は発進した・・・



 
  


11月14日(12時)

その親父さんを向かえに行き、米をアウトランド号に積んだ・・・

3月の事も有るので今回は120キロにした。


  
  
ドラマの寺内貫太郎のような豪快でホットな高橋さん
 


 
  
   
この太っ腹の親父(高橋さん)は、一代で築き上げた重機屋さんの社長!

田んぼも沢山やり、地域の御意見番的存在(ご本人に聞いた話)

まあ、写真を見ても分かるように豪快な親父さんで私も圧倒されそうであった。

  

さあ、行くぞー!親父二人が山田町に・・・


つづく・・・






  
  
  
  
  
  
  

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2011年11月14日

再び発進

雪囲いもしないまま,被災地

東北「岩手・山田町」に向けて

アウトランド号再び発進です!

  
スタットレスタイヤに変え発進!
 
 
 
詳細は後日・・・
  
  
  
  
  

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2011年07月05日

静かな海に・・・

     
29日の日記の続き・・・


三陸道に入り仙台へ急いだ。
  
別に仙台の何処かを目指す訳ではないけれど

当初決めたルート・・・(海沿い)を進む・・・

しかし・・・仙台港北インターで下車するものの大渋滞

車が動かない・・・きっと震災の影響だろう・・・
  
  

仙台近郊、高速から・・・ガレキが流れてきた跡が・・・
  
  
  
このまま仙台港に向かっても街に迷惑をかけるだけ・・・

支援物資もほとんど無く、それに日没も近い。

また知らない街で「ここは何処、私は誰」も辛い

ウ~ン・・・仙台から国道4号~6号での南下し、相馬市での

ボランティア予定であったが時間的に残念・・・

仕方なく仙台港北インターから東北道へ向かい茨城を目指した。
  
  
     
  
  
JーHEART被災地への少しの支援とボランティアはここで終了・・・

ここから先は以前、2004年に起きた中越地震の時に

私達を心配してくれ、食器(陶器)等を送ってくれた陶芸作家さん所を

目指す・・・

当然、陶芸作家(GAWAN)のSさんも今回の地震で被災した、茨城県益子町在住であり

被災地への少しの支援の気持ちは同じだが、個人的なものである。
  
  
  
少しでも茨城県近くまでと東北道を飛ばすが、那須高原サービスエリアまでたどり着きダウン!
  
サービスエリアの売店に行く元気も無くアウトランド号で爆睡・・・
  

    
  
24日   
  
翌朝9時起床・・・缶コーヒーを飲みながら、サービスエリアに居る周りの人を眺め・・・

東京や新潟では毎日放射線量の事を気にしている、ここ那須高原サービスエリアは

それから比べればはるかに原発に近い・・・なのに普通の光景・・・
  
新潟の知り合いは、子供の事を考え沖縄に避難した。

そして、今アウトランド号の前を子供が横切る・・・

なにか不思議な感じがした。
  
  
  
矢板インターを下車し、益子を目指す・・・

合いも変わらずトンチンカンなカーナビは新しく出来たバイパスを理解せず

「リルートを開始します!リルートを開始します!」と連呼する・・・

「やかましい!」と私も連呼しながら、カーナビが理解する国道294号を目指した。

途中寄ったホームセンターでは地震で落ちた天井を直していた。
   
     
中越地震の時、見た光景だ
  
  
    
午前11時、益子市内に入った・・・

一見、被害は無いようだが、屋根かわらが落下しブルーシートが架かった家が点在する・・・
  
そして、陶芸作家のSさん所に辿り着く。 
   
 
gawan
      

約10年振りの再会である・・・

益子町は陶芸で有名な町で多くの陶芸作家さんが在住している。

毎年、春と秋に行われる「陶器市」では日本全国から多くの陶芸ファンがが集まり

かなりの賑わいを見せる町だ。

地震で数多くの窯や陶器が壊れたものの

今年の春の陶器市では震災後にもかかわらず、数十万人の人が訪れ作家達を

勇気づけたそうだ・・・

歴史の有る陶器市と在住する陶芸作家のパワーは、外から作家を招く「大地の芸術祭」と違い

土台がしっかりと根付いていると感じずにいられない。

  
手に持つ植木鉢の売り上げは、東北への義捐金として渡された
     
  
さて、陶芸作家のSさんとは、10数年前の春の陶器市で知り合い・・・

知り合いと言っても、私は単にお客と言う立場・・・

3年程続けてSさんの作る個性的作品を買い、まあ毎年会うと「まいど・・・覚えてる~」と

言った感じで、Sさんにとっては多く居る作品ファンの一人でしかない程度だろうっと思っていた。

それが、中越地震の時電話を頂き「食器が壊れたでしょう・・・」と自らの作品を送ってくれた・・・

当時は「えっ・・・なんで私に・・・」と言う思いで大変嬉しかったのです。

その後は、陶器市とアウトランドオープン時期が重なり足を運ぶ事が無くなったのですが、

今回の地震・・・何が何でも益子にSさん所に行かなくてはと言う思いが有ったのです。
  

 
突然のお邪魔にもかかわらず、1時間ほどお話・・・地震の事、陶器市の事などなど・・・

ご夫婦の仲も良く、

ほんま、私にとっては古き良き思いでにタイムスリップさせて頂きました。
   
  
      
快く写真も了解してくれた
  
  
 
そして、Jパーカーと十日町のお酒を、私個人からのお見舞いとしてお渡しし

帰ろうとすると・・・

陶器のオリジナル孫の手を「おみやげに・・・」っと

いやいや、7 年前の心遣いが嬉しくて・・・まして今回は被災した側なのに

そんな「お土産なんて・・・」「そんなつもりでは・・・」 

2秒後
  
  
TVの番組でも取り上げられた、オリジナル
  

「ありがとうございます」「大事に使います」と私の右腕に・・・あちゃ~

そして、またの再会を約束してSさん宅を後にした・・・

  
  
    
吸い込まれるように・・・
  
    
  
これで、今回の全予定終了・・・と、Sさん家の直ぐ近くで見つけた

沖縄料理の店へ吸い込まれるように入った・・・
  
19日の夜からの食パン・マヨネーズとの食生活は終わり・終わり・終わり・もう終わり・・・「腹減った~」と

生まれて初めて「ソーキ蕎麦」を食べた・・・

「旨かった~」

ソーキ蕎麦を食べながら、なんか背中に乗っかっていた重いものから開放された気がした。

まあ、自分で背負ったのですが・・・
  
  
     
生まれて初体験
  
    
    
そして、ここでもJシャツを着ていたので店のママさんが色々話しかけて来た

益子の被害の事や東北の津波の事など・・・

そんな話をしていると、ママさんから大洗町の那珂湊漁港の被害もひどいと聞いた・・・

大洗、那珂湊・・・大洗、那珂湊・・・大洗、那珂湊・・・

東京に居た頃・・・娘がまだ1~2歳の頃海水浴によく行った場所・・・

うむ~・・・

今回の最終地は大洗、那珂湊にしよう・・・と終わりの延長を決め

沖縄料理の店を後にした・・・
  
    
  
さあ、益子から大洗・・・そんなに遠くない筈・・・

カーナビセット・・・

しかし、ここでもトンチンカンなカーナビは渋滞の水戸駅を通るルートを

案内した・・・

私の思考は考える能力を失いカーナビの言うままに渋滞を楽しんだ・・・

そして、那珂湊・・・
  
    
えぐり取られている港
  
    
漁港の堤防や市場は一部破壊されていた・・・が、山田町や陸前高田と比べると・・・


しかし、被害は比べるものでは無く、その所々の人にとっては心痛める事に違いはない。
 

震災から3ヶ月・・・立ち直りつつある街・まだまだこれからの街・そして止まってしまった街・・・


多くの時間がかかるが、これからも小さな手助けを続けられればと思います。
  
  
ご冥福を心よりお祈りします
   
   
その後、大洗海岸に向かい、静かな海に

この震災で亡くなわれた方の御冥福をお祈りした・・・

  
  
  
  
  
J-HEART 6/19~24  走行距離2016キロ 

支援物資・金額の詳細はJ-HEART cocologの方に

後日掲載します・・・御協力ありがとう。
  
  
  
   
 

  
  
  
  

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2011年06月29日

♪No Woman No Cry~♪

( 昨日の続き )
 
通過する、集落の有る漁港は何処もガレキの山のよう・・・

時間が無いのでひたすら45号を南下する。
  
  
釜石市内を通過・・・

ここはビルも立ち並び大きな漁港のようだが・・・

一見普通に立ち並ぶビルも一階は完全にやられている。

それに街全体に魚の腐敗臭が漂う・・・  
    
kamaishi-1.jpg
  
kamaishi-2.jpg
  
   
釜石を通過後、途中のパーキングエリアで

年配のご夫婦に声を掛けられた。

3.11Jシャツを着ていたので、私をボランティアと気づいたのだろう・・・
  
    
東京・中野から釜石のボランティアに参加の御夫婦
  
   
東京・中野から釜石のボランティアに参加

炊き出しと写真の洗浄等を数日やっているそうだ。
  
本日もボランティアを終え、車中泊の為このパーキングエリアに・・・

立ち話し後「支援、頑張って下さい」とJパーカーを手渡す。
  
  
このように一人で動いていると声をかけられやすく

地域の情報が入手しやい・・・心細いが利点は多い。


そして、陸前高田に入る・・・
  
rikuzen-navi.jpg
  
  
はっきり言って、言葉を失った・・・

もう重機が入り、ある程度ガレキが片付けられている。

その分、周りに何も無い・・・まるで焼け野原

その上、人影も少ない・・・

45号を南下するアウトランド号の左手側の広田湾に面した高田松原公園は

地盤沈下により完全に水没・・・広範囲に渡り市内全体が海抜0メートルと言った感じなっている。

rikuzen-2.jpg
唯一の残っている建物を撮る・・・4階まで完全水没している・・・
  
rikuzen-3.jpg
マンションより高いガレキの山

rikuzen-4.jpg
骨組みだけが残る
    
5キロ先からも陸前高田市内を走るアウトランド号がはっきりわかるだろう・・・

私は車から降りれなかった。
  
  

45号線を気仙沼へ向かう高田バイパスの橋が通行止めの為340号線へ入る

そして日没となり心細なって行く・・・
    
  
340号~343号線、そして気仙沼方面の34号線に・・・
  
    
カーナビの倍率を上げると広範囲すぎてアイコンがほとんど動かない

かと言って範囲を狭くすると、ナビが表す地名が分からず何処に向かっているかわからない・・・
  
かと言って、本の地図を広げても・・・残念ながら、最近マイブームの老眼で見えない・・・

メガネをかけても、暗くて見えない・・・

カァ~「ここは何処、わたしは誰・・・」状態に
  
  
東松島市役所とカーナビにセットするが出てこない・・・出てきたとしても

とんでもないルートを案内しそう・・・

「45号に戻りた~い」と山越えをするアウトランド号の中で叫ぶ!
  
  
  
なんとか気仙沼バイパスに出る・・・
  
おぉ店のネオンがキラメク・・・ガソリンスタンドも・・・「ほっ」安心
  
  
よっしや~45号線・・・
  
数キロ走ると通行止め・・・ガクゥ~・・・
  
セブンイレブンが有り、迂回路を訪ねる・・・

「2つ目の信号を左折すると三陸道があります。それに乗ると東松島近くまで」と

よっしや~45号はあきらめ三陸道や~・・・

2つ目の信号・・・2つ目の信号・・・2つ目の信号・・・2つ目の信号・・・

いつまでたっても出てこない・・・道はくねくねと何処へやら・・・

カァ~・・・あかん・・・また「ここは何処、わたしは誰・・・」状態に突入
  
  
途中、道の駅らしきエリア発見、停車・・・

キャンピングカーも1台止まっている。

「もう、ここで寝るか・・・」と誘惑に負けそうに・・・

うぅぅぅぅ

やかん!・・・ちゃうちゃう、あかん!夜の内に東松島市内に入らないと

明日のボランティアに間に合わない・・・
  
  
アウトランド号発進!
  
  
三陸道へのガイド看板を発見!

おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!

「ほんまにこのガイドで合ってるやろな~」っと車内でぼやく・・・

三陸道 津山IC発見!

そして、東松島市へ入る・・・

おぉぉぉ疲れた・・・
  
  
  
三陸道を降り、ナビで東松島市役所を検索するが、やはり出てこない

「うぅぅぅっコンビニで地図でも見るか」と発見した深夜のコンビニへ
  
客は私一人・・・地図のただ見は悪く思い店員のおじさんに

「カーナビ見ても東松島市役所出てこないねんけど、市役所何処ですか~」と

尋ねる・・・

「4年程前に市町村合併等で東松島市になったから・・・」と

なるほどザ・ワールド・・・だからディスクの古い私のカーナビ出なかったや~・・・と納得
  
  
「ここより20分位で有る」と聞き、崩れるようにここで停泊する事に・・・
  
  
  
  
書き疲れました・・・15分休憩・・・


異国アウトランドの写真でお楽しみください・・・
outland110629.jpg





  
   

ビィィィィィィィィ・・・第2部スタート・・・
  
  

6月22日
東松島コンビニ前・・・朝


目的の東松島市役所が近いので6時起床

本日も肉体労働なので食パンを1枚・・・そしてコンビニを出発

東松島市内は一見被害は無さそうだが、よく見ると全ての建物の1Fが

1.5メートル程浸水した跡がある・・・

この辺り全体にかなりの世帯が水に浸かったようだ。

センターへ向かう

約20分程でボランティアセンターに到着・・・

22日の日記でも書きましたが、昨日の山田町とは全然空気が違う。

センターのある場所は被害の無かった街中

横に図書館がありきれいな芝公園となっている。

そこにボランティアのテントが並び、皆、朝食の準備中

ほんま整備されたキャンプ場のフリーサイトのようだ。

higa-tento mura1.jpg

30分程して隣に止まった車に人に声をかけ・・・

「受付は何時からで、何処ですか・・・」と尋ね、その後話しは続いた。

その方は岩手から来られた方で、ボランティアの送迎バスの運転を

手伝っているとの事。

元々はトラックの運転手で、当初は陸前高田のボランティアに行く予定でいたが

日頃走りなれている陸前高田の街があまりにも壊滅的すぎて

こちらのセンターのボランティアにしたそうだ。

他にも、鹿児島から車に工具を積み一人で現地入りし

無償で修理に回っているボランティアの方もいた。

左に方がドライバー・・・右の方は岩手の旅館の方でここのボランティアに参加
  
右の方が鹿児島から


このセンターは段取りが良いと言うが、バッチリと機能していた。

ソロボランティアのマッチングにしても現場への送迎にしても

完全にマニュアル化され、スタッフもちゃんと機能していた・・・

震災後3ヶ月・・・完全に復興へ歩んで行っている。
  
私は6人チームの6班となり現場へ向かう。

  
キビキビ動いていたボランティアセンター・スタッフ
  
  
ここの場所での作業は庭に溜まったヘドロ出し・・・

スコップと一輪車でかいては出しを繰り返す。
  
  
途中、休憩が幾度か有り、その度に家の方がお茶・御菓子を出してくれる。

「大変だね~・・・ありがとね~・・・・」と家の方が労ってくれるが

昨日と比べるとなんか違う気がした。

  
  
そんな作業を1日無事終え、さあ念願の風呂へ・・・

近くのスポーツセンターの風呂がボランティアに無料開放している。


やっと風呂


カァ~やっと風呂に入れる・・・ほこりをかぶった頭はボブマーリーのように

ゴワゴワになり・・・思わず ♪No Woman No Cry~♪を口ずさみながら湯船へ・・・

OHスッキリー・・・

だが、疲れがドバーッと出る・・・

あかん・あかん・・・仙台目指な~

食パン食って再び三陸道へ・・・ウオリャ~
  
  
  
  
つづく  
  
  


  
  

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2011年06月28日

ボランティアと食パン



被災地からアウトランドに戻り3日がたった
  
なんか夢を見ていたような気がする・・・

本日、岩手は雨・・・Sさんやボランティアの人達は大変だ。

  
  
6月20日  (24日の日記の続き・・・)
  
Sさんと分かれた後、今夜の停泊場所を決めなくてはならない・・・

明日は山田町のボランティアだからと言って山田町の何処かと言う訳にも行かず

来た道を1時間15分かけて山越えし遠野の道の駅まで戻った。


touno1.jpg


さあ夕食である・・・

最近関西に行った時もよくやる「食パンにマヨネーズサンド!」

具も無く、パンにマヨネーズ・・・だだそれだけ・・・

食パンにマヨネーズの件は、また今度話しますが

今回の目的「被災地に手助け」と言う気持ちを忘れない為の自分へのプレッシヤーの食事である。

地方に来たからと言って名物を食べるなんて!今回はありえない。
  
    
マヨパン

  
一人の夕食は5分で終わった・・・明日4時に携帯のアラームをセットしてアウトランド号で爆睡・・・


6月21日

4時前に目が覚めた・・・

1時間15分かけて山越え・・・途中、野生の鹿と出会い

十日町と種類が違う事に「遠くに来れば鹿も変わる」と遠くに来た事を実感する。

さあ、山田町・・・早朝の為、人が少ない分ますます世紀末っぽく見えてしまう。
  
  
映画のようである
  
  
6時・・・ボランティアセンター到着・・・しかし誰もいない。

本日は肉体労働なので日頃食べない朝食を食べておく・・・パンにマヨネーズを1枚。

7時・・・数人の方が顔を洗いに出てきた・・・

「ボランティアに来たんゃけど何時から~」

「受付は8時半からです」と・・・

まだ時間が有りすぎるとウロウロ・・・
  
    
センター
  
    
震災当時は、ここ山田町のボランティアセンターも被害に合った場所、

このセンターの5メートルほど下に有る老人介護施設では

沢山の方が亡くなった・・・

  
家の中はメチャクチャで外間だけが残る

施設の屋根の上にはポルシェが・・・
  
  
8時過ぎ・・・受付が始まった。

このセンターは三重県からの協力隊が仕切って日々ボランティアを振り分けている

私のように一人参加の人はセンターからすれば少々面倒なよう・・・

なぜかと言うと、最初にマッチングとして5名~10名程のチームを作る

その際、もともと5,6名での参加だとそのままチームリーダ―を決め現場派遣とスムーズに行くが

一人参加だと「あなたとあなたと・・・そして誰かリーダーは・・・・」となり

まして、このセンター初日となると「スコップあそこ・・・長靴あそこ」となる。

それを被災後、3ヶ月もやっているのだからスタッフも大変だ。

ほんま「少々面倒をかけるが、関西風味の新潟県人のナビよろしく」である。
  
  
私は14班10名の一員となり現場へ向かった・・・
  
  
月日が経ち草も生える
  
 
作業地は第13地割と言う辺りの民家が10世帯ほど有ったであろう場所

基礎だけが残り辺り一面に生活用品やガラスなどのガレキが沢山ある・・・

それを人力で土嚢袋に入れ撤去する。

10人で一軒である・・・そして、その一軒ですら1日で終わるか分からない。


その上、この現場から20メートル程先の海の中には、まだ人が乗ったままの車が

沈んでいると言うような場所・・・
  
  
まだまだ手のかけてない所が多く残る
     
すぐ横の海では・・・
   
    
到着後、この場所で本当に合っているかチームリーダーの人が家主に携帯で連絡を取るがつながらない・・・

「ここの人は多分入院しているはずだからな・・・」と地元を熟知している

私はてっきりこのチームリーダーは地元の役場の人と思っていたが・・・

後で分かった事だが、この人は岐阜の人で山田町にボランティアに来て2週間目、その上

今回で5回目と言うボランティアの主である。

そして、この14班には北海道・旭川から参加の山田町ボランティア1ヶ月目のもう一人の主もいた。

皆、それぞれの思いで参加し山田町の復興に手助けしている、ある意味プロである。

この他にも東京(府中)(多摩)・神奈川・三重・青森 等

ほんま皆、無償の気持ちでやって来ている・・・
  
   
三重から来ているセンターのスタッフの方も大変だとは思うが、有償と無償・・・この差は大きいと思う。
    
  
  
被災者に手を差し伸べる事を持続させる為には、ボランティアのモチベーションのキープが大切であり

直ぐに消費税の話へ転換させる政府はどうか?

モチベーションを下げる話ばかりしないでほしい・・・

皆、崖っぷちで頑張っているのだから・・・
  
    
  
そんな気持ちから、まだ残っている被災者の支援物資をボランティアへの支援と切り替える。
  
この日のボランティアを終え長期ボランティアが住む、センターから20メートル程の

高台にある「家族旅行村キャンプ場」の方へ

本日一緒に活動をした主に声を掛け、Jハートの経緯を説明・・・

Jパーカーにお米・水・ラーメンと・・・

主達はメチャ喜んでくれ「わしらも頑張るから、お前も気をつけて頑張れ!」と激励まで受け

なんか胸が熱くなった・・・
  
    
左から岐阜の主・旭川の主・東京からのアメリカの人・管理人

東京(府中)から一人参加の・・・
  
  
  
その後、再びSさんと会い再会を約束し国道45号線を東松島目指しアウトランド号を飛ばした。

食パンを食べながら・・・
  
  
  
  
  
ずっとJシャツ
  
  
  
  
  
    
  
   
  
  
  

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2011年06月24日

皆からの思いを届ける・・・

前回、岩手県山田町を目指す事になった経緯はお話しましたが

いったい山田町の何処・・・誰・・・へ
  
  
それは、東京のNさんがツイッターなどで連絡を取り合っていた

山田町のSさんにである。

当然、震災後にNさんとSさんも知り合ったわけだから

私も初対面・・・

しかし、繋がりがないから「支援」は本当の気持ちである。
  
  
初対面のSさん

  
彼Sさんは山田町の状況を遠く離れた山田町出身者にネットで安否等を発信したり

また、地域のまとめ役となり少しでも皆が元気に元気になればと頑張っている青年である。


彼からすれば、突然Nさんを通じで新潟からヒゲ親父が行くのだから

驚いたかも知れない・・・
  
    
  

被災地に来た事とJシャツ協力者の皆の思いを伝える事で少し高揚していた私は

Sさんに物資を届ける事になった経緯を機関銃の様に話した。
  
そんな私にSさんは少々あっけにとられたかも知れないが・・・
  
地震・津波から3ヶ月・・・

Sさんは少しずつ私に話してくれた。

「今は物資的にはそんなに不便は有りません、欲を言えばきりが無いですが・・・」

だだ、震災から3ヶ月が経ったにも関わらず、国や県・町からの何の方針も出ていない事です

義援金も1世帯、全壊で50万・半壊で25万と言う少なさ・・・

(内訳・・・Sさん家は半壊なので赤十字から18万、岩手県から7万)  

使えなくなった生活道具を揃えれば直ぐに無くなってしまう金額であるし

当然、それを補う仕事も無い・・・

それに、4月申請でやっと6月支払われたと言う遅さ・・・
  
    
ここに住み続けていいのか、今後の方針が国から打ち出されていない今

住民の皆はどうしていいか分からず、本当に疲れている」と言う。

  
yamada---1.jpg
 
   
    
私と一緒に被災した山田町を廻り

「沢山の写真を撮ってください!そして現状を多くの人に伝えてください」と
  
そして、国の対応が遅いことを知ってください」と願った。・・・  
  
  
   
  
    
短い時間に多くの話をした彼は、今ひとつの前向きな考えがあると言う・・・

もともと、ホテルのシェフであった事もあり、その腕を使って

避難所にレストランと言うか食堂を作りたいと言う願いだ。

当然、自分1人で出来る事ではなく行政と話を進めて行かなくてはいけないが・・・

そんな、どうしようもない気持ちが日々繰り返されていると言う。

  
  


米60キロ・Jパーカー40枚・電動工具にその他もろもろ・・・を渡し

今後JーHEARTとして何が出来るか分からないが、細く長く協力していく事を約束し

彼とは別れた・・・が・・・翌日の山田町でのボランティアを終えた後

どうしても、協力金として皆から預かったお金の残金(少しですが)を彼に渡したくなり再び合った・・・
  
  
義援金と言う名の下に集められたお金の支払いが、遅すぎると言う思いの末の事・・・

  
  
彼はそのお金を、一度は断ったが

私が 「もし、食堂を開業した時にJシャツを着て来店した人が居たなら100円値引きね・・・

そして、その時の為にお金は預けておきます」と言うと・・・快く受け取ってくれた。

  
快く写真okしてくれた
  
  
     
 
本当に何かの縁・・・

彼の願いが叶い、山田町が少しでも元気になる事を願わずにいられない・・・
  
  
  

山田町の朝
震災から90回目の朝日が昇るが、その日差しは被災者にまだ届いていない・・・  
  
  
  
  
    
    
  
     
      ♪ 願い・・・

         少し遠回りしてるかもしれないけど
         でも良いさ それが自分らしさ・・・ だけど

         空に浮かぶ 幾つもの星を見た
         願い込めた 幼い思い出に

            そんなにうまく行くはずないさ
            答えは誰も知っちゃいないから
            夢の中で 忘ればいい

         聞こえてるよ 君の声はずっと
         手を伸ばして ここまで ついて来いよ

            想いどうりに行かない今日を
            冷えたビールで流し込めばいい
            夢の中で 忘れちまいな

               這いつくばって なじられても
               傷つきながら生きてきた
               壊れそうな小さな願い
               焦らないで 閉ざさないで

         胸に秘めた
         小さな願い
         焦らないで
         閉ざさないで OH OH
         泣くがいいさ

         きっと誰か
         気づいてくれる
         きっと誰か
         気づいてくれる OH OH
         そう願いに・・・

                      SERIKA WITH DOG / 願い・・・   2011/10 配信開始  
  
  
  
  
  
  
    
  
     
最後に、皆の思いを背負う事によって軟弱な私が強くなり

見ず知らずの町まで足を運ばしてくれた事を感謝します。

Jシャツ協力者の皆の願いは写真と共にしっかりと岩手県・山田町に届けました。

Sさんがレストランを開業した際は、。皆Jシャツ着て山田町を応援しに行って頂ければ嬉しく思います・・・
  
  
J-HEART in IWATE-yamadamati

  
  
  

追伸、彼Sさんは阪神淡路の地震の時、被災したホテルの復興の為にシェフとして

そのホテルの支援に行っていた。








Posted by bee2070 at 23:51 | Comments [6] | Trackbacks [0]

無事アウトランドに到着

   
走行距離が2000キロを超えました!
  
詳細は明日・・・
    
   
  
  
  
  

  

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2011年06月22日

宮城県東松島テント村

大した仕事はしていないのに体が重い・・・

一人で居る事で気が張っているので動けるのか?
  
しかし、被災者の事を思うと「屁」でもない。
  
    
  

朝5時コンビニ駐車場を出発!

東松島災害ボランティアセンターへ向かう。
  
確か昨日の山田町で知り合ったボランティアの人の情報によると

東松山市役所の隣にセンターがあるとの事・・・

カーナビで検索するが出で来ない・・・

それもそのはず、4年前に市町村合併により東松島になったそうだ

したがって古いディスクのカーナビでは出てこない・・・アァァァァァッ
  
  
車を道路脇に止め、搭載のパソコンで東松島ボランティアセンターを検索したどり着く。
  
    
110622_082148.jpg
 
  
 
ここは昨日とは雰囲気が違う。

町中にある図書館の隣にある公園にテントが立っていて

その横の芝のサイトはボランティアのテント村になっている。

天気も良く、何かイベントの様な雰囲気・・・
  
  
  
110622_073810.jpg
  
  
  
あま、なんであれ本日のボランティアの泥だしを無事終える。

これまた、詳細は後日書きます・・・
  
  

新潟を出てからの走行距離が1400キロを越えた・・・

あぁ~眠いが・・・東北道に戻り栃木を目指す。
  
  
  
  
  
  








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2011年06月21日

国道45号を南下・・・

    
本日は山田町のボランティア作業・・・

あぁ・・・少々疲れ気味だが、ほんまにエエ経験だ

   
山田町ボランティアセンター
  
  
そして夜、めげる事無く国道45号線を南下し

宮城県東松島を目指す・・・途中道をガンガン間違え挫折寸前だが

なんとか持ち堪え、東松島近くのコンビニに到着

明日は東松島市のボランティアに参加する為

本日のお宿の場所はコンビニ前アウトランド号・・・

あぁ眠い・・・ZZZZZ


coco


山田町での事、ボランティアの詳細は後日・・・

風呂に入りた~い・・・  
  
  
  
  
  
  
  

  
  
  

Posted by bee2070 at 22:58 | Comments [3] | Trackbacks [0]

2011年06月20日

岩手県山田町

yamadamati1.jpg
   
yamadamati2.jpg
   
yamadamati3.jpg
  
 
yamadamati5.jpg
  
なんとか残ったが・・・周りの家は基礎のみが残る。       
  
yamadamati6.jpg
  
  
yamadamati7.jpg
   
住宅が沢山あった場所
    
  
yamadamati8.jpg
  
屋根まで完全水没した・・・
  
      
 yamadamati9.jpg
  
yamadamati10.jpg
  
yamadamati12.jpg
  
マンションの壁に描かれた×印は、亡くなった方が発見された場所・・・3Fにも印が・・・  
 
  
yamadamati13.jpg
   
yamadamati4.jpg
  
   
  
明日、山田町のボランティアセンターで

協力してくれたみんなの分まで、お手伝いをする。 
  
  
  
  
  
  
  

Posted by bee2070 at 21:43 | Comments [4] | Trackbacks [0]

前沢SA

昨夜、約450キロ走行

前沢SAにて仮眠・・・

さあ、山田町へ向かうぞー
  
    
110620_075811.jpg
  
  
話は変わりますが、娘は部活で「ガチャピン」と呼ばれている

いつも眼むそうな目をしているかららしい・・・

今回、そんな娘から頂いた「ガチャピン」を

同行させている。
  
  
110620_080458.jpg
   
  
ちょっと恥ずかしい・・・が

行くぞー娘よ!






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2011年06月19日

行くで~

アウトランド号に色々荷物を積み込む・・・

援助物資と言う程ではないけれど,何か居る物はないかと・・・

被災後3ヶ月も経っているので、どんな物が・・・

大して援助は出来ないけれど・・・

庭の飾り・・・少しは和むかも・・・

   
子供が居たならラジコンカー
  
  
親は復旧作業に忙しい・・・子供のために・・・
  
     
家族団らんトットットランプ
  
   
工具
  
解体の役にたてば・・・  
  
  
今回も宿になりますアウトランド号
  
そしてアウトランド号の準備・・・
  
  
飲み水ではなく、生活水・・・
  
車体の下に50リットルタンクがあり、まずは古い水を抜く
  
  
hokyu.jpg

そして、新しい水を・・・
   
    
洗面台の中にはポリタンク

こちらの水は飲み水用 
  
  
新潟の米90キロ他
 
米に水、軍手にスコップ、工具におもちゃに・・・色々と・・・  
  
  
地図を見てビックリ
  
ライターの立ててあるところが山田町・・・カァ~

大阪へ行くより遠いやんけ~
  
  
      
さあ行くで~
  
    
エーイ~ 気合を入れて発進や~ Rock'n Roll!  
  
  
  
  
  
  
  

  

Posted by bee2070 at 19:24 | Comments [2] | Trackbacks [0]

2011年06月18日

JーHEART皆の思い・・・


本日、ネットで注文した靴底鉄板入りの長靴が届いた・・・

いよいよである。

皆の思いを背中に背負ってアウトランド号は明日出発する。
  

tetupan-nagagutu.jpg
  
  
何処へ・・・

説明すると長くなりそうだが、岩手県の山田町を目指す!

個人避難宅が多く、当然物資の届いていない地域。
  
  
  
なぜ?山田町・・・

チョー省略で説明・・・
    
JーシャツリレーのアメリカのKさんが

個人で被災地に手助けしている東京のNさんをツイッターで見つけた。

そして、その情報を私に教えてくれ、私がNさんと連絡を取り合い

手の届いていない被災地「山田町」となった・・・
  
また、山田町と言っても広く、津波でほぼ全滅の小さな漁村を目指す。









Posted by bee2070 at 21:23 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2011年05月26日

怒涛の勢いJシャツリレー

本当に次々と協力者が・・・

Fidel   Andy & Nicole   Cierra   James   Jacob   Heidi   Brian   Stephanie   Rob & Jamie   Alexandria   Eva
笑顔に100点!  

Kevin   Giang   Keisey
  
  
アメリカでも24日の竜巻による被害者の方が沢山いる中、御協力に感謝します。


Thank you so much
  
  
  
  
  







  
  
  
  
  
  
  

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2011年05月24日

とても悲しいお話・・・



アメリカからJシャツリレーの写真とこんな文面が・・・


ramuji-san


彼はラムジさん・・・お子さんをスクールバスまで見送り去って行く
後ろ姿を追い、声を掛けさせていただきました。
するとラムジさん「日本語大丈夫ですよ」と、とても流暢な日本語で
対応してくださいました。
日本に8年ほどお住まいだったそうで・・・そしてとても悲しいお話を
伺いました。
ラムジさんが東北大学に在籍なされていらした頃のルームメイトが今回の
津波に巻き込まれお亡くなりになったそうです。
ちょうど海岸沿いの道路を走行中、奥さんから携帯で津波の情報を聞き
急いで避難しようとなさったそうですが、奥さんとの通話中に連絡が途絶え・・・
死亡なされたとのことです。
その為ラムジさんは特にご熱心に支援活動をなさっておいでで、Jシャツ活動にも
激励を頂戴しました。

ワシントン州 / J-HEART・KMより
  
  
  

ほんま言葉が無いです・・・

Jシャツリレーの皆さんの気持ちが繋がれば・・・
  
  
    
ほんまラムジさん、Jシャツリレーを頑張ってくれているKMさん

ありがとう・・・日本でもJシャツリレー頑張ってみます・・・  
  
  
  
Jシャツ購入の皆さん、携帯カメラでの画像でも良いので

アウトランドまで写真送ってください。

顔が映っていなくても良いので・・・宜しく頼みます。
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  

  
  
  
  

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2011年05月21日

国境無きJシャツ バク進中! 

   
いや~痛快にJシャツリレーが進んでいます・・・
  
  
Martha & Naomi Ezekiel


アメリカの子供達・・・写真の笑顔とわ裏腹に、撮影には悪戦苦闘があったそうです・・・
  
  
  
  
  
  

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2011年05月19日

Jリレーぞくぞく

アメリカよりぞくぞく写真が送られてきます。

Matt  Ian  Kevin & Tom  KoahLowis  Sorry! forget asking his name  Chan-Ming  Angela and Michael
  
  
Jシャツを買っていただいている訳ではないが、本筋はここにある!

「私達は3.11の災害を忘れないよ・・・そして、日本の頑張りを信じているよ」と言う

思いでリレーをする・・・一時でも日本への、そして被災者へ気持ちを傾けてくれる

その思いやりを絶やさない事が大切!だと思います。


国境無きJシャツ  
  
  
  
  

  

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2011年05月18日

Jシャツリレー?

アメリカでJーHEART Tシャツリレーが始まった!

ほんまにアメリカの人達はノリが良いと言うか協力的である。
  
    
確かにアメリカでは東北関東大震災の話題は少なくなっている・・・

と言うより、世界各国で災害・紛争が次々と起こっているのである。

そんな中で3.11 Jシャツリレー!

ほんま嬉しい話であるし、皆さんに感謝である。


名前が分からないがamerica-3人目,4人目の方.jpg
Thank you for everybody  

  
   
やるぞー!十日町でも・・・いや大阪・・・呉・・・東京でもJシャツリレー

奈良の大仏にもJシャツ?


  
  
  
  
  
  
  
  
  

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2011年05月15日

$29.00 ?

震災復興のJシャツが友人の松乃寿司さんから

アメリカへ・・・

そして、お洒落になったJシャツの写真が送られてきた!
  
made in USA
  
a spirit of mutual helpfulness

「J-HEART 2011.3.11」

$29.00 


ドヒャ~・・・・
  
  
また、もう一枚の写真がアメリカから送られてきた・・・

どうも御主人のようです。
  
a hearty welcome
  
 
アメリカでは東北関東大震災の事は、もう余り話題になる事はなくなったそうです。
  
しかし、この御夫婦のように被災者への思いが消えない事を祈っています。


the spirit of mutual helpfulness ・・・  Thank you for everything
  
  
  
  
  
  
  
  
  
       





Posted by bee2070 at 22:15 | Comments [5] | Trackbacks [0]

2011年05月05日

FM十日町 J-HEART


14日間の関西から、やっと十日町へ戻ってきました・・・

すっかり雪が無くなったアウトランドに、豪雪による破壊の爪痕が沢山!

あぁぁぁぁ~気を失う前に、東北関東大震災チャリティーJ-シャツの件で

FM十日町へ・・・
  
  
FM十日町スタジオ


FM十日町は以前から大地の芸術祭がらみで色々とアウトランドを取り上げてくれていて

パーソナリティーのSさんとも顔見知り・・・

私が始めたJ-HEARTチャリティーシャツの件を「なかなか良い」っと言って、今回の出演となった。

私がJ-HEARTを立ち上げた経緯や、十日町への思い

そしてSONG・・・

約20分の出演の中で「みんなから集めた思いを無駄にするような偽善者にはならないぞー」っと

新曲の「偽善者」をかけ、震災の被災者に頑張れと「Can Try Again」をかける・・・

そして、チャリティーのJシャツ・・・
  
なんか、色々繋がっていけば・・・と嬉しいFM十日町の出演であった。
  
本番中・・・パーソナリティーのSさんと・・・
  
  
FM十日町のSさんありがとう!
  
  
  
  
  
PS

14日間の大阪だったのでJシャツの発送が遅れてしまいました。

協力頂いた方には順次発送していきますので、スミマセンがもう暫く時間を下さい。

  
  
  
  
  
  
  
  



  

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2011年04月16日

東北関東大地震チャリティーTシャツ

  
数日前に言っていた事・・・

やっと出来上がりました!

2011・3・11に起きた東北関東大地震

復興への思いを込めてチャリティーTシャツ販売開始!


J-HEARTシャツドーンと出来ました。


カラーは ホワイト・チェストナッツ・フォレストの3色
  

初回は3色
    
サイズは S・М・L の3サイズ、共にアメリカンサイズです。

サイズ表を参照に、選んでください。


よく確認の上 御注文下さい。


販売価格 ¥2300-(送料込み) 手渡しでも同じです。

※販売価格の内、経費を引いた分が震災支援義援または物資に当てます。

集まった義援金額の状況は J-HEART(←クリック)で順次公表していきます。


東北関東大地震チャリティーTシャツ
   「J-HEART 2011.3.11」
 a spirit of mutual helpfulness

一枚 ¥2300-

御協力注文は

郵便番号・住所・氏名・サイズ・カラー・枚数・明記の上

御注文 (←クリック)まで
※上手御注文できない場合はアウトランド「お問合わせ」 より御注文下さい。

-支払い振込先-

銀行名   第四銀行  (だいしぎんこう)
支店名   長岡駅東    (店番号426)
口座番号  普)1482643
口座名義  ジェイハート


※発送は1週間ほどかかります。
※振り込み代金は各自ご負担お願いします。  
  
PS 

何処まで広がるか分かりませんが、自分達に出来る事・・・を広げたいと思います。
  

みなさんの御協力を宜しくお願いします。       


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