2010年07月21日
いよいよダウンロード販売開始
SERIKA with DOG 新作

いよいよダウンロード配信開始!
ダイソーよりもちょっと高い!一曲150円・・・
しかーし!made in japan!
音楽配信サイト → MUMIX ← にてダウンロード販売開始!
ダウンロードの分からない御年配の方はメール下さい。
また、メールも分からない方はアウトランドまでハガキ下さい。
2010年07月15日
配信開始一週間前
SERIKA with DOG 第2弾!
ダウンロード配信開始一週間前・・・
予告! YouTube にて配信中!
Sailing -Don't let me down-
音楽配信サイト → MUMIX ← にて視聴開始!
宜しく!
2010年07月11日
2010年07月06日
SWD配信日決定!
SERIKA with DOG 第2弾
7月21日配信日決定!
ヒゲ親父・・・今回も叫ぶ!・・・
2010年06月27日
関西ライブ続き
すっかり書くのを忘れていた、大忙しの大阪続き・・・
19時過ぎに神戸元町のライブハウス「上屋劇場」に辿り着く・・・
急ぎで楽屋へ・・・
本来なら友人のバンドの前に私が弾き語りをやる筈だったが
友人のバンドは既にスタンバイしていて、結局私は友人のバンドの後に
やることになった・・・友人の心遣いに感謝
出演まで30分ほどの時間が出来「ほっ」と溜息である。
新潟から深夜に出発して睡眠不足のせいか体が火照っている・・・
後もう少し・・・

大阪でのライブは短い時間ではあったが、最後にはお客さんとの一体感を感じ
弾き語りでは有るが、自分としてはかなりテンションが上がった。
しかし、ここ神戸の会場は客席も広くお客さんは4割程度
友人のバンドもハードロックでガンガンやってはいるが何処か客席とノリが違う・・・
私の後にトリを控えるバンドもスカパラみたいなバンドで
それ目当てのお客さんが残り、なんか全然「場違い」っぽく気持ちはヘビィー・・・
・・・おぉぉぉぉぉっまったくの空回りの可能性「大」である。
そんな訳で、気力・体力共に限界・・・ワオ~っと叫ぶパワー無しで
おとなしくバラードを歌い静かに終わった・・・
あぁ神戸のライブは私にとって忍耐と勉強の場やったな~
ほんまエエ経験である・・・
今までも色々なステージで演奏をやってきたが
常にバンドであり、メンバーが居た・・・当然音量も大きく
場違いであろうがガンガン押しまくりの、ある意味集団行動であった。
しかし、ここは空気の違う・・・その上1人・・・
逃げ出したいような気持ちも・・・でも「やる」
ある意味「自分との戦い」みたいなものがドカーンと圧し掛かり・・・
だから良かった・・・

ウォリャ~!どうであれ、これで開放された・・・
まる一日の強行ライブ!
午前零時「新潟十日町」出発・・・午後5時20分「大阪・寺田町ライブ」・・・午後7時40分「神戸・元町ライブ」
午後9時予定終了・・・あぁぁぁぁぁっ!疲れたぞ~である。
同行した櫻井君と共に南京町近くのホテルへ・・・そして男二人居酒屋で乾杯
明日の大阪ミナミでの撮影の打ち合わせをした後
ヒゲ親父はベッドに溶けていった・・・ZZZzzzzz
2010年06月19日
ジャケット
今月なんとか配信できるか・・・?
今回はSERIKA with DOGで3曲!
唄は仕上がっている・・・後は事務的な事・・・
私にとっては、それが一番面倒なのだ。

2010年06月14日
大忙しの関西・・・
土曜日深夜、自主映画監督の櫻井君を横に乗せ大阪へ向う・・・
今回の大阪では、ライブの映像を撮りたいので、同行をお願いした。
彼と知り合って2ヶ月程度・・・なのに
ヒゲ親父に無理やり?強制拉致?連行である。
あぁ可哀そう・・・?
高速インター 豊田飯山に入るこのには午前0時を過ぎ
もうライブ本番当日である。
今日の昼13時には大阪・寺田町のライブハウスでリハーサル
そして17時からの本番をし、その後19時には神戸・元町でもやる・・・
体力的にはキツイが、このハードさが昔を思い出してワクワクする
後部座席で休んでいる櫻井君も少々興奮気味で寝れないよう・・・
親父二人、遠足前の子供のようである。
長野道・中央道を過ぎ名神高速に入る・・・
養老サービスエリアを過ぎた頃には空が薄っすらと明けだす
あぁぁぁぁっ・・・運転に少々疲れてきた・・・眠気も少々・・・しかーし
京都を過ぎる頃には、快晴の晴天で眠たいなんて言ってられない!

8時、近畿自動車道の東大阪サービスエリア到着!
ここまで来れば大丈夫!と、2時間ほど仮眠 ZZZzzzz
その後、実家近くの駐車場に車を止め電車で寺田町「FIRELOOP」へ向う・・・
そして、12時に大阪のメンバーと合流しインドカレー店で
ビールを飲みながらの昼食をとる・・・(またカレーかいな~)
関西の親父が私も含めて5人!「・・・やんけ~」「ほんまかぁ~」
「あかんわ~」など強烈な関西弁に大阪初の櫻井君は
「おぉぉぉっ怖!」っと日頃の私が上品に思える位の恐怖を感じたようだった・・・

13時30分からのリハーサル・・・
あれよあれよっと言っている間に本番
沢山のバンドが出演のライブ
御客さんのノリも良く
ついつい予定演奏時間をオーバーした・・・アリャ~時間が無い!

色々無理を聞いてくれた友人達には悪かったが
彼らの演奏を見る事無く神戸へ向う
大阪環状線18分で大阪駅到着・・・
久しぶりの大阪!阪神電車の駅は何処やねん~
大阪初の櫻井君を従えて梅田の地下街を右へ左へ・・・
まるで紅白歌合戦とレコード大賞を掛け持つタレントのようである。

おぉぉぉぉっ!こんな所にあったのか阪神電車梅田駅・・・
次は、いったいどれに乗れば神戸・元町に速く着くね~ん・・・
「直通特急」「特急」「区間特急」「快速急行」「区間急行」
なんや分かれへんやんけ~
順番からすれば「直通特急」・・・しかし何処の駅に直通やね~ん!
次は「特急」だが字数が少な~い・・・?
ほんじゃ「区間特急」かいな~・・・分からん分からん・・・
数少ない駅員を何とか捕まえ「元町」「一番」どれやね~ん・・・と
今の時間だと間もなく発車の「区間特急」っと・・・間もなく・・・間もなく・・・ホームは何処やね~ん!
もうダッシュで親父二人「区間特急」に乗り込む・・・フゥ~到着までの33分は気が休まる・・・

尼崎・甲子園・西宮・芦屋っと聞きなれた駅名が通り過ぎるが、
私は大阪にいた頃、阪神電車にあまり乗った記憶が無い・・・

元町到着18時50分・・・「夜7時(19時)までにはホールに来てくれ~」の友人からの電話に
うぅぅぅぅぅっなんとか間に合うかーっと元町駅前で♪ヘイ!タクシーにオリャ~っと乗り込んだ・・・
つづく
2010年06月02日
ギターが辛い
6月・・・そろそろ声出しをしておかなくては
今月の大阪と神戸でチョコッとライブがある。

アコギで1人歌うが、草刈が続いているおかげで
ギターを弾く右でが痛い!
面白い・・・ギターが辛いのは草刈のせい・・・ガハハハである。
世間的には練習のしすぎ・・・としておこう・・・
2010年05月27日
配信準備!着々と・・・
う~ん・・・遅れているバンドの新曲配信・・・
大体のミックスダウンが決まってきたので6月には、なんとか配信できるか?
前回に続いて、今回もバタバタ・・・
そして、合いも変わらずテンションは高い
いつまで続けられるかこのテンション・・・
その内、血管が切れるであろう?

今年は9月頃にも次の曲を配信する予定であり
なんか、あっちもこっちも忙しい!っと言うのが続きそうである。
2010年03月29日
ストレス うぅぅぅぅぅ
頭が爆発しそうである・・・
5月に向けてミューソングの歌詞作り!
歌詞・菓子・歌詞・餓死?とパソコンでバンドの出来上がったカラオケを
聞きながら歌詞を作っていく・・・頭が限界!
才能が欲し~いっ!
寝ても覚めても頭の中にメロディーがグルグルと・・・ワォ~
ストレス ドッカーン!
ユンボに乗って暴れまわりたいぞー!
2010年03月04日
いとも簡単に・・・
ミニログにてギターの練習・・・
薪ストーブがパチパチと絶好調に暖かく、さすがバーモントキャスティングの薪ストーブ!
格子の入った全面フロントもおしゃれで、またエアー調整も良くガラスが曇る事はあまりない・・・
このバーモントは小振りでミニログなどには丁度よい、
小型のわりにはトップが開く為、大きめの巻きも投入する事が出来る・・・
練習の合間に薪をトップから足す・・・
ギターを抱えたままストーブトップを空け、大き目の薪を・・・
チョット手が滑り・・・トップの鉄板がバタン!と勢いよく閉った。
するとコロコロっと何かが転がり落ちた・・・
おゃ~なんじゃ~い!これは・・・ドカーン!おぉぉぉぉショック!
鉄で出来ているはずのストーブのパーツが・・・いとも簡単に・・・
「なんじゃこりゃ~・・・」
天板鉄板の開け閉め用のレバーが??折れ?俺?カフェオーレ~?
折れとるやんけ~・・・ドドド・ドカーン!おぉぉぉぉっメチャ~ショック!
「折れる前・・・」
こんなの直せるのかぁ~鉄は鉄でも鋳物やからな~・・・溶接で付くのか~
ずぼらに薪き入れをしたばっかりにこんな結果に・・・
あぁぁぁ言葉も電話?出んわ~・・・
こんな笑わなしゃない出来事の後は・・・・
2010年03月02日
新たな繋がり
先週末、新潟市内でライブを行った・・・
私の前歴など何も知らない人の前でライブである。
この年になっての再活動!
昨年末のライブの様に昔ながらの友人達とやるのとは少し違い
メチャクチャ自分自身では挑戦である。

ライブを行った怪しい場所は歯科技工士のT氏が経営する古街にあるBer・・・
月1回だけT氏の許可(メール)を受けた者だけが入場を許され、そしてその月1回の
パーティーの日だけ、この店はオープンするのである。

元々はT氏がシガー(葉巻)愛好家だけで開催していたパーティーなのだが、輪が広がり
今ではシガーに拘る事無く、多くの人で賑わうパーティーとなって行った。
今回が70数回目・・・そして、満員状態!
T氏の人柄で人が集まるグッドなパーティーなのである。

何故私がそのパーティーに参加する事になったのか・・・
それはアウトランドに時折出没するN君の誘いなのである。
実は以前からも、そのパーティーへの誘いは有ったのだが
なかなか尻が上がらなかった・・・
そんな私にN君はライブをとリクエストしてきたのだ!
昨年の御誘いなら断っていただろうけど、今の私は音楽やライブに対して
少々考え方が変わった・・・
「求められれば何処へでも」・・・
能書きの前に行動を!やるなら一人でもやる!
そんな思いの時にN君からの誘いがあったのである。

パーティーの開場は8時から・・・
各自が自由な時間帯で参加してくるといった感じで進んで行く・・・
食事もT氏のスタッフが前日徹夜の仕込みをし、オードブルからメインへと
沢山のメニューが用意されていた・・・当然T氏が腕を振るったメニューも有り
酒と美味しい料理で夜はガンガンと更けていった・・・

そして10時頃T氏とN君からの紹介で私のライブへと・・・
ほんま私自身はエエ感じで出来ました!自分に対してのプレッシャーを
いい意味で楽しみながら数曲ワォ~っと・・・

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やっぱ音楽・ライブはエエわ~です!
能書きを言わなくても自分を分かってもらえる気がする・・・
来ていた御客さんから今度「知り合いの店でもやって」とのリクエストも有り
う~む~これからは新潟市内にもギターもってガンガンやるぞー
の思いが込み上げた・・・

ほんまT氏にN君、スタッフの皆さんありがとうございました・・・
殆んど知らない人の前でやる機会を与えてくれて・・・
これを期に初心に戻って新潟中央でも親父1からスタート!です・・・
そう Can Try Againです!ワオ~
2010年02月22日
除雪の間に・・・
今週末、新潟でライブである・・・
友人のパーティーではあるが、殆んど私を知らない人の前でやる・・・
前回同様、弾き語りのソロ・・・

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常にバンドでドカーンとやっていた私にとって
アコースティクギター1本のライブと言うのは非常に寂しいものがある。
しかし、そんなわがままは言ってられませ~ん!
やってくれと言われれば何処へでも・・・?
気合を入れて、除雪の間に練習!練習!
2010年02月13日
YouTubeで再会
20年ぶりの再会・・・
あのユーチューブで流れているロッキーホラーライブ
あの映像だけしかロッキーホラーを知らなければ「チョット何・・・」といったライブ
しかし、映画「ロッキーホラーピクチャーショウ」には「夢を見ようぜ」と言う
熱いメッセージが込められているB級ロックミュージカル映画なのである。
80年代後半、私はこのミュージカル舞台に多く参加をし
結果89,90,91年と、このライブと映画を合体させたオリジナルなイベントへと膨らんでいった。
東京浅草と言う下町でのイベントと言う事も有り、少々ムーブメントを起しそうな気配はあった・・・
が、月日は流れた・・・
この映像がユーチューブに流れた事は私にとって*不本意であったが、流れた事によって
嬉しい連絡が入った・・・(*不本意・・・このビジュアルは会場にいないと少々理解しにくい・・・)
当時、一緒にこのファンキーなステージに立ったメンバーの岡崎君(ギター)
ネットでこの映像を見つけ、検索・検索でアウトランドに辿り着いたそうだ・・・
互いに連絡先も告げず、何をしているかも知らなかった・・・が
映像が流れた事によって嬉しい再会が生まれた。
当時、私から見てあまり生活感の無かった彼だが
3年前に世帯を持ち、そしてぉぉぉぉぉぉ岡崎2号!が誕生
現役でプレーを続けながらも、オフ日に子供とソリ遊び!と湯沢のスキー場へ
そして、帰りにアウトランドに立ち寄り、20年ぶりの再会となった・・・嬉しいこっちゃ~

またまた今回も昔話に花が咲き
う~ん!出来る事ならもう一度一緒にアレやりたいね~・・・っと
身の程知らずの想いがムクムクと募る・・・

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あぁぁぁぁぁぁっ月日が経つのは速い
出来る事なら TIME WARP AGAIN ! と夏の再会を約束した・・・
2010年02月11日
あぁ久し振り・・・
久し振りの東京・・・
今回は配信しているバンドの音源を東京の世話になった方へ
配り歩く事が目的である。
昨年の夏より自分の音楽がネットで配信しているといっても、
今の世の中配信だけでは気付いてもらえない・・・
じっと待っているだけでは事は動かない。

都内を車で動くのは大変なので、住み慣れた練馬にアウトランド号を止め
光が丘駅より都営大江戸線に乗り新宿御苑下車・・・そして世話になった方の事務所へ
おぉぉぉっと20年振りの再会!
色々と今の状況を聞き、すっかり変わってしまった音楽界に溜息は出るものの
「また何か有ったら連絡するよ頑張って・・・」の一言に勇気付けられ事務所を後に・・・
そして、祭りの様な賑わいの新宿地下街を歩き山手線に乗る・・・今度は目黒駅へ向う・・・
3月に娘が春校バレーボールで来る代々木競技場を車窓越しに、
代々木→原宿→渋谷→恵比寿→そして目黒へ
この目黒にはお世話になったイベンターがある。
20年ほど前の所在ではないので、ネットで調べた住所だけを頼りに歩く
日も暮れなかなか見つからない・・・おっと運良く目の前に宅急便の車が・・・
「すみません〇番地×号は何処ですか?」と・・・すると振り返ったドライバの方は
異国の方!ドヒャ~!
日本人の私が異国人の方に日本の住所を聞いているっっっっドカ~ン!
「さすが東京である」っと1人ウケしていた・・・
異国の方の言うとおりイベンターの事務所は直に見つかり、これまた20年ぶりの再会?
また、その方は私を覚えているか?と不安があったが・・・生憎不在であった・・・
アポなして来たのだから仕方が無いと事務所の方に音源を預け
目黒を後にし、渋谷へ、そして銀座線に乗り赤坂見附へ
しかし、こちらにあった事務所は見つからず丸の内線に乗り新宿に戻る。

時刻的に新宿駅は益々人混みに・・・
あぁぁぁたまらん・・・もう一軒予定していた中野区の音楽事務所は明日にする事にし
友人がやっている下北沢のショットバーに行って休もうと電話を入れる・・・
これまた久し振りの電話から始まる・・・
友人「おうぅぅぅぅ久し振りやん~なにしてんの~・・・」と
私「今、東京に居るから店行くわ~店の場所どの辺」
友人「東北沢で降りて北口出て左・・・・・・そやけど店9時からやで~」
ドカーン!ここから店まで30分として、今6時30分・・・2時間も空いてしまう
新宿の人混みの中で2時間はキツイ・・・・
日頃アウトランド号のおかげで何処へ行っても自分の空間を確保されている
しかし今は歩き・・・自分の空間が無い!
親父のパワーは見る見る放出し胸のカラータイマーはブルーからレッドへ点滅が始まる。
うぅぅぅぅ
よし映画でも観るか~っと新宿ピカデリーへ、しかし
ドカドカドカーンとカップルばかりが目立つ・・・うぅぅぅぅ映画はやめよう

「まあ、こんな時は喫茶店でも入ってコーヒーでも」とドトールへ
しかし、こちらも人人人・・・席に着いたものの直横に歌舞伎町のオネー様、
目の前ではそれ以上にファンキーなネーちゃんがホットドッグを口に突っ込みながらこちらをにらんでいる?・・・
うぅぅぅ落ち着かん!たばこ1本で早々に店を出る・・・
後1時間30分!新宿靖国通りで親父は途方に暮れる・・・
よっしゃ分かりました。喫茶店やショップで時間を潰すのも疲れる、同じ疲れなら
下北まで歩こう!高野山登山に続いて東京トレッキングや~と歩いて時間を潰す事にする・・・
都庁などの高層ビル群を過ぎ甲州街道に出る、そして西へ・・・
山手通りを越え、幡ヶ谷辺りから住宅街へ南下
右行って左行ってと、まったくの感で東北沢駅を目指す・・・
住宅街は人通りは少なく不審者に思われないようにスタスタと足取り軽くと
思ってはいるが胸のカラータイマーはレッドである・・・
おおおおぅ何か見えてきたぞーっと小田急線の線路である。
よっしゃ後少し・・・
8時30分、店の辺りまで来ている筈だが、まだ早い・・・
何処かでお茶でもと喫茶店を捜すが時間を潰せる店が無い・・・テクテク・・・
すると井の頭線の池ノ上駅に出る・・・なんじゃこりゃ~
もういい加減歩き疲れたので池ノ上駅から京王線に乗り一駅の下北沢へ
そして小田急線に乗り換え一駅の東北沢駅へ到着!
9時20分、無事東京トレッキングも終了し友人のショットバーのカウンターの席に辿り着く
「おぉぉぉ久し振り~」っと私がデビューを飾ったバンドのメンバーであり、この店のマスターでもある
カナメ君と再会した。
懐かしい話に花は咲き乱れバーボンソーダをガブガブと!
そして、最終電車に見捨てられ、東北沢の夜はガブガブと更けていった・・・
2010年01月03日
あぁ忘年会!
昨年の暮れの話になりますが・・・
またまた12月の年の瀬にチョコッと大阪に・・・
大阪のバンド仲間のGELMOが26日に忘年会ライブをやると言う
「おまえも出てや~」と誘いがあり、急遽24日にアウトランドを出発・・・
世の中はクリスマスだというのに・・・出発です。
もっとも娘も、部活の遠征で帰ってこないので私も遠征ってか~?である。
ギュイーンと高速を飛ばし深夜の3時、名神高速多賀サービスエリア
到着・・・そしてサービスエリア内に隣接されたホテルの風呂に入り
アウトランド号で ZZZzzz・・・
翌朝、晴天の多賀サービスエリアを10時に出発し
余裕で大阪へ入る・・・

久し振りのライブ・・・今回は弾き語りがあり、毎回バンドでライブを
やっていた私にとって少々気が重い・・・
バンドでドカーン!とやる場合は楽器の音に埋もれながら自分のボルテージが
上がる・・・しかし、自ら弾くギター一本と言うのは気持ちのバランスがギター半分
唄半分になり、ボルテージも中途半端・・・
常に完全燃焼を志す私にとって、何か不完全燃焼な気がして
歌ったという充実感が少ないのである。

そんな不安を感じながらの忘年会ライブ・・・
しかし、やって正解でした!
同級生の集まりと言うか、同じ青春時代を過ごした友人達とのライブ
う~ん!なんか楽しかったと言うか、考えさせられました・・・
ライブは途中から夏アウトランドでプレイしてくれたトムヤムクンKOTARO君と
マーキー君が参加してくれボルテージもエエ感じに無事終了・・・しかし、それ以上に
大阪の仲間・・・東京の仲間・・・みんなを断ち切って新潟へ行った私
そして12年が過ぎ今また大阪の仲間とこうしてる事に
なんか胸が熱くなるものがあった・・・

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新潟・十日町~大阪間、約600キロ・・・決して近くはないが陸続き!
残された時間はあまり無い・・・体もあちこち痛んでいる
けれど・・・ Can Try again ・・・
2009年12月24日
2009/11大阪 録音遍
香芝サービスエリアで快晴の朝を迎える!
今回の大阪2日目もFFヒーターのおかげで熟睡出来
ブレーキパッドの不安はあるが「なんのこれしき!」とアウトランド号の
エンジンをスタートさせる。
「なんのこれしき」と言っても、まずはブレーキ修理!
西名阪から環状松原線に入り平野出口まで、そして平野に有るトヨタの修理工場へ
そしてパッド交換に1時間・・・トヨタで朝の無料のモーニングコーヒーを頂き
ブレーキの不安も無事解消する。ウォリャ~
久し振りの大阪・・・今回も母親の病院への搬送がメインだが、それに合わせて
色々とバンドの用事を・・・
来春ネット配信第2弾の曲の録音! 始めた限りは一発屋じゃなく続けなくては!
ここ数年間の大阪の友人達との再会で再スタートしたバンド活動・・・
ほんま「継続は力なり」の如く、力をつけなくてはならない!
あぁ~レコーディングは面倒でストレスが溜まる・・・
声の調子もイマイチ・・・しかし、時間を掛ける程、余裕も無い・・・
テンションを上げ「トリャ~!ウォリャ~!ソリャ~!」とスタジオで悪戦苦闘を繰り返す・・・が
どうしても歌詞とメロの変更を少し考え直さなくてはならない箇所が・・・
う~ん・・・希望と段取りと時間と金と 少しの才能?の挟間で
2曲録音予定を1曲で終了・・・
あぁぁぁぁっ残念であるが気持ちを切り替えて今回のレコーディング作業を終える。
さあ、明日は母親の搬送だ!
2009年11月05日
Rシーズンがスタート!
シーズンを終了したアウトランド・・・

利用者のなくなったミニログに
ギターとマイクスタンド!そして、i-Pod
フルボリュームで声出しの練習・・・
年末に掛けて新しい曲の録音である。
あぁ~昨年に続いて1人寂しく
誰もいない場内に「おりゃ~!!」と響きわたり?
このシーズンがスタートする。
2009年09月30日
世に出したくなかった・・・
うむ~・・・言葉が出ない・・・
YouTube・・・やっぱ問題やろ・・・
イベントとしては凄く良かった・・・
しかし、ライブ映像だけでは誤解?を招きそう!
どちらかと言えば世に出したくない映像である・・・
このライブはロッキーホラーショウと言う
絶大な支持を受けている映画 (下記参照)

-ロッキーホラーピクチャーショウ概要-
ロンドンの小劇場で始まったリチャード・オブライエン作のロック・ミュージカル
『ロッキー・ホラー・ショー』は、奇抜な内容ながら熱心なリピーターを獲得し、
海を渡ったロサンゼルスやオーストラリアでも上演された。
映画化されたのは舞台開幕から2年後の1975年。舞台からこの作品にかかわっている
ジム・シャーマン監督は、有名ロックスターを使った大予算映画の提案を蹴り、
オリジナルのキャストとスタッフを集めた低予算映画にする道を選んだ。ティム・カリーを
はじめリチャード・オブライエン、パトリシア・クイン、ネル・キャンベル、といったオリジナルの
個性的な面々に、バリー・ボストウィック、スーザン・サランドン、ミート・ローフなど新規の
アメリカ人キャストも加わった。
公開当初の評価は最悪で、試写会の席ではプロデューサーの目の前で客が次々に
中途退席していったという。しかし当時の他の映画ではとても見られない奇怪なキャラクター、
刺激的で洗練されたロック音楽と衣装・舞台のデザイン、ホモセクシュアルすら内包するエロ
ティックな内容は、少数ずつながら確実に支持者を増やしていった。
公開1年後にアメリカで始まった深夜興行では、今で言うコスプレをした観客が週末ごとに集まり、
映画を見ながら全員でお約束のツッコミを叫んだり、紙吹雪や米をまき散らすといった、パーティ
形式の上映が定着した。この上映形態は舞台版と同様の熱狂的リピーターを続々と生み出し、
やがてカルトムービーの代表格として必ずその名前が挙がる高みに『ロッキー~』を押し上げて
いった。
あえて流行りものを排除したという映画の内容は、公開から30年以上が経過した今なお
古びておらず、熱心なリピーター達に支えられて上映会は現在でも世界中のそこかしこで
行われている・・・
詳細ヒストリー http://www13.ocn.ne.jp/~crap/rocky_horror/j/history/history.html
と言った非常にロックスピリット溢れるハングリーなロック映画である。
そんな映画とライブがドッキングしたイベントであり
1989年90年91年と東京・浅草で3回15公演位行われた。
多分この映像は、最終日の昼の公演だと思うが・・・凄く盛り上がったライブである。
しかし、どちらかと言えば世に出したくない映像であるが・・・懐かしい・・・
2009年09月22日
こんなのが・・・
BANDの活動を再会したら色々な物が勝手に配信される・・・
このライブは1991年頃のライブ映像!
かなりロックを感じるワイルドなライブである・・・と思う・・・が、遠い昔で有る。
YOUTUBEのおかげで昔の映像が世の中に出る。
これは良い事なのか悪い事なのか?
あまりにも新潟での12年間とのギャップが有り過ぎて・・・
ほんまアウトランドの製作には月日が流れたのだとつくづく思う・・・
2009年06月24日
DAD Angel 配信開始!
お待たせしました。いよいよ配信開始です。
親父達よ大志を抱け!

DADDY'S BE AMBITIOUS-One's Last Moment- / DAD Angel ←クリック!そしてスクロール
2009年06月18日
配信開始・・・
まずは「SERIKA with DOG」から・・・

この楽曲は、タイトルを見ても分かるように彼「TK」への思いを込めた作品です。
25年前の思いに、ちっぽけな自分が何か手助けは出来ないかと
木根尚登氏の楽曲に作詞を担当したものです。
「CAN TRY AGAIN -to TK -」
また、この作品への思いについては書きますが、
取り合えず配信開始です。
MUMIX ←クリック
2009年06月14日
配信の準備中
梅雨の季節に入り、どんよりとした空を眺めビルドはカメの様に進む・・・
バンドの新譜の配信準備もカメの様に進んでいます!
過去の曲が少し聞く事ができます。ウォリャ~!
どうぞ覗いてみてください。
DAD Angel ←クリック
2009年04月12日
素材の限界!いや~まだまだ・・・
花粉症もそろそろ治まり、色々活動開始です・・・・
遅れているCDのジャケット撮影!てす。
以前メンバーで撮った写真は露出してしまっているので、表には使えない・・・
アルバムのタイトルの意味も含めて、改めて私1人で撮影!
もっとも十日町の川西地域に有るフォトスタジオ「HATОYA」での撮影の為、
メンバー全員と言う訳にも行かない・・・
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フォトスタジオ「HATОYA」のオーナーのHIROSHIさんは同世代であり、世の中に対しての
考え方に近いものがある。 写真のセンスもかなり良いものがあり、十日町に眠る写真家の
プロフェッショナルである・・・
そんなHIROSHIさんと一緒に「ああでもない?こうでもない?」と1時間半、写真の撮影は
無事終了!
スタジオは問題無し、撮影機材も問題無し、そして撮影技術も・・・
うむ~・・・後は素材・・・
25年前のアルバムジャケットを参考に、賞味期限の切れた素材に「限界」を感じるぅ!うむ~・・・
しか~し!戻る事は出来ないし、前に進むしかない・・・それに、「今」この瞬間が私にとって一番若い
現実なのだから・・・
お互い「お~い!」と老~いを目の当たりし、親父二人夢を膨らめせる時間であった・・・
PS・・・写真家HIROSHIさん写真展を大地の芸術祭期間中にアウトランドで開催します。
詳細は後日HPにて・・・
2008年07月10日
CDを聞きながら~
現在制作中のアルバム「one's last moments1」の仮TDを聞きながら
高速を東京へ向う・・・
議長国を務める国内事情でもないのに、どうして政府は外面を保とうとするのか?
足元をしっかり見て「先進国を辞退すればいいのに・・・」
あなた達が築き上げた「日本丸」は、
過去にしがみつく、あなた達によって沈没しそうです・・・
♪ おもちゃ箱 democracy 疲れるぜ 外面の government ♪
「Peanuts」より・・・
2008年05月21日
いったい「何屋さん」だ~っ!!
大阪に行った際、進めているバンドのレコーディング・・・
当初予定ではとっくに出来上がっているはず・・・しかし、まだ亀の様に進んでいる。
現在唄入れの為、ほとんど1人で進めているが、
この日は全5曲の中で一箇所だけ全員で叫ぶ場所があるので、皆が集まった!
「ワン・ツー・スリー・ジャンプ!」のフレーズ・・・
50歳同期の親父が、友人も一人入れて5人「ワオ~」と叫ぶ・・・笑いである・・・
いったい、どんな仕上がりになるのか・・・お楽しみに・・・
しかし、ギャップに笑ってしまう!
軽トラに薪を積んで林道を走る自分・・・
草刈をしている自分・・・
ハーブを植えている自分・・・
ユンボを運転している自分・・・
ログを作っている自分・・・
歌詞を作っている自分・・・
スタジオの自分・・・
いったい私は「何屋さん」だ~っ!!
2007年04月06日
30年ぶりの音出し・・・
大阪滞在の際、学生時代バンド「エンジェル」のリハーサルがあったので、約30年ぶりにベースギターを抱えブリブリやってきました。
現在「エンジェル」のデモCD制作に向けて私は横浜の友人と基本となるカラオケ制作のやり取りをし、大阪にいるバンドのメンバー3人はスタジオに入りリハーサル(リハビリ)をするスタンスで進めているプロジェクト・・・ライブまで辿り着けるかどうかは分からないが、取り合えずCDは作るつもりで進めている・・・
そんなリハビリを兼ねたスタジオでの練習! 30年ぶり・・・ドカーン! ガッガガ! ワオ~ッ! 楽しかった~3時間・・・難しい話は抜きにして30年経っても、互いは変わらない・・・リズムは狂うし音も外れるがノリ・空気があの時のまま・・・
音楽は良い・・・バンドは素晴らしい・・・金で集まったわけではない、昔同様「夢」だけで集まった・・・
なんとか形にし、チョットは世の中に出したい・・・無理かな~・・・どうかな・・・?
恋のスーパーマシーン 2007
熱い思いを乗せて 恋のスーパーマシーン
あの頃 あの場所へ 走れスーパーマシーン
胸の高鳴りを いつしか忘れて
人並みに紛れ 夜空を眺めた
ため息1つ ビルの谷間 解けて行くぜ
夜更けのハイウェイーロード 変わり行く人並みに
たたづむ彼女乗せ 今一度 スーパーマシーン
走れ 走れ 夢はスーパーマシーン
走れ 走れ 恋のスーパーマシーン
狭い場末の 店の片隅で
描いた夢は 色あせたし写真に
思い巡らす 忘れかけた 熱いリズム
夜明けのハイウエーロード 変わり行く街並みに
ラジオからロックンロール 今一度 スーパーマシーン
あの頃 あの場所へ 飛ばすぜスーパーマシーン
果て無き夢は何処までも 走れスパーマシーン
走れ 走れ 恋のスーパーマシーン
走れ 走れ 恋のスーパーマシーン
song ANGEL
50前の親父かまだまだ頑張れる所を子供に見せ、夢を持つ事の大切さを態度で教えたい物である・・・
出来るかな~・・・どうかな~・・・無理かな~・・
2007年01月03日
ズッコケ・ロックンロール・ストーリー2
このストーリー2 を読む前に、まずストーリー1を・・・
(リトル村長のR&Rズッコケ・ストーリー1)
エンジェル脱退し次の構想・・・頭の中にはいっぱいあるが、私1人である・・・それに音楽業界とは繋がっていたい・・・取り合えずサウンドクリエーターのS氏の考えには疑問はあるが、このままサウンドクリエーターのイベントの手伝いを続ける。相変わらず私は関西において会場大荒れのロックンロール・アーティストの警備担当である・・・社員でもないのに?その頃、矢沢永吉はシングル「時間よ止まれ」が大ヒット・・・それに伴い各会場もキャパをオーバーし大荒れ・・・20名~30名のアルバイト(友人とその友達とその友達)を従えてコンサート警備に来ている私はどの会場も「ドヒャ~」状態である。しかしヘッドである私はどの会場もそれなりに治めていかなくてはならない・・・コンサートが荒れ矢沢永吉が今後この場所で出来なくならないよう・・・矢沢のコンサートを守ると言う事はいずれプロに成るであろう私の為でもある・・・そう自分に言い聞かせ大荒れの客席へ飛び込んでいった・・・
思い出に残るコンサート警備の話を・・・
明石市民会館・・・私がサウンドクリエーターで矢沢の警備を仕切っているのを聞き兵庫のイベンターの芦屋坊主(へんな名前である)から明石市民会館の矢沢警備の依頼が来た・・・芦屋坊主は今回始めて矢沢のイベントを行う、この手のロックの警備は分からないと言う事で私を呼んだのである・・・
打ち合わせで、私が「こんな場合はこうします・・・」「こうなったらああします・・・」と言ってると担当者のT
氏は「いゃ、それは私が指示を出す」「その場合は私が決める」と主導権を誇示していた・・・
当日朝の9時から機材搬入・・・(コンサート警備と言ってもアーティスト機材・音響・照明の搬入・セッティング・ばらし・搬出全てやる)芦屋坊主のT氏の指示の下、毎度々の段取りでステージ作りを進める。
午後6時会場・・・相いも変わらずこの会場にも暴走族やツッパリ連中がロビーにあふれる・・・あっちでもこっちでも「顔の飛ばしあい」「メンチの切りあいである」・・・30名連れて行ったバイトを会場内の所定の場所に着かせ私は一階客席奥より全体を見渡す・・・
右舷前方特攻服15名! 左舷前方パンチパーマにコンポラスーツ10名! 左舷後方矢沢命白スーツ8名! 右舷45度革ジャンにリーゼント8名!・・・あ~あっちもこっちも危なそうな奴らだらけ・・・そんな中、客席より女の子が泣きながらやってきた・・・「私の席に怖そうな人が座ってどいてくれない・・・」と・・・取り合えず主導権を誇示していたT氏の所へ・・・しかしT氏は額に冷や汗、目はパチクリ、私が事情を話すと「全面的に君に任せる」「宜しく頼む」と・・・なんじゃこりゃ~である。
女の子と一緒に客席に行く・・・前から三列目のセンターの席・・・座席確認・・・あちゃ~・・・玉虫色のスーツを着たパンチパーマの御兄さんが「でーん」と座っています・・・「なんでこんな事ばかり俺がせなあかんねん」の心境であるが振り返ると女の子・・・周りを見渡すと私が連れてきたアルバイトの目・・・立場・立場・立場的に一歩も譲れない・・・私「チケット見せてもらえますか~」パンチ「無視・・・」 私「チケット見せてもらえますか~」 パンチ「何処かへいてもうた・・・」 私「この席のチケット持ってるのはこの子やで、だから退いて」ほれっとチケットを提示する・・・パンチ・立ち上がり私の顔3センチの所まで接近「ここは俺の席じゃ・・・」 私「何をごちゃごちゃ言うてんねん」と今度は私からパンチの顔に1センチ接近! パンチも負けずともう1センチ接近・・・危ない!このまま行くと接吻である・・・
無言の睨み合いが5分続き・・・結局、玉虫色のパンチはブツブツと捨て台詞を吐きながら後方の席へ戻っていった・・・
その後、コンサートは荒れたがステージは守られた!
そして、そのT氏(棚田君)とは友人になった・・・
神戸国際会館・・・「ツイスト」コンサート・・・あのツイストである・・・立場逆転の世良氏である・・・少々恥
ずかしかったか楽屋へ訪問私「覚えてますか・・・大阪の矢沢のエンジェルの・・・(恥ずかしい・・・)」 しかし世良氏も金太(ドラム)は快く、「あ~元気!」「今日は来てくれたん・・・」 私「いや警備で・・・」 世良・金太氏「宜しく頑張ってねー・・・」 私「悪いけど写真一緒に・・・」パチリ! 世良氏も金太氏もドカーンと売れているにもかかわらず気持ち良く写真を撮ってくれた・・・。私1人が心の中で隙間風・・・
立場逆転である・・・
京都・円山公園野外音楽堂・・・矢沢コンサート・・・客入れと同時に上半身裸で刺青!おまけに木刀まで持参の5人組入場・・・やっとれん! 大荒れ! ああ~
こんなドカーン!ドカーン!日々か続く中、私は実家をエスケープした・・・
大阪・天王寺の旭町・・・当時は都市開発に取り残された、近くに赤線が残るような・・・6畳一間、共同トイレに共同台所・・・家賃確か1万3千円・・・大阪市の南側のターミナル駅・天王寺駅にも近く、立地は最高だが環境が最悪の場所。しかし1つも不安を感じる事は無かった・・・むしろここからスタートや!と言う意気込みだけが私を支えていた・・・自分の城は決まった!後はどうして飯を食う・・・コンサート警備は毎日ある訳ではない・・・アルバイトニュースが日々の愛読書となった・・・都合の良い時(警備の日)に休めるバイトはないか・・・ひとつの広告を見つけた。大阪・ミナミのライブハウス「ゴーストタウン」ウエイター募集!。この店は以前エンジェルでオーディションを受けている・・・それにこの店のオーナーは桑名正博氏(♪セクシャル・バイオレットNo1♪で一世を風靡したロック・アーティスト)のお父さんである・・・きっとミュージシャンには理解があるはず・・・と・・・
面接。即OK!・・・これで飯は食える・・・ゴーストタウンの実質の経営者は桑名氏のお母さん・・・私の事
を「SERI~」と呼び、非常に私を理解してくれた・・・本当に世話になった・・・桑名正博氏の古着を貰ったり、深夜店をバンドのリハーサルに使わしてもらったりと・・・今考えると確実にこの店で私はステップアップした・・・ゴーストタウンのバイトの出来る日は、午前11時から午後11時までの12時間労働、どうせ部屋に帰っても6畳一間の寝るだけ、働ける日はフルに働き、そしてコンサート警備を続け、メンバー捜しの日々が続いた・・・
一方、サウンドクリエーターに新入社員が入ってきた、高橋氏・・・私より2歳年上の高橋氏は京都のアンジャズ音楽スクールを卒業し入社である・・・サウンドクリエーターのS氏は「関西でのプロモーションをやる際手伝ってくれる奴がいる」と高橋氏と私を組ませた・・・「私は単なる日雇いバイトなのに」と疑問は残るが、その高橋氏とチラシ撒きやポスター貼り・コンサート警備等を一緒にやっているうちに私のバンドのメンバー捜しに力を貸してくれるようになった。そして高橋氏の後輩のギターリストを紹介してくれた・・・
面接! 音楽レベルが違いすぎる・・・独学のロックンロール小僧の私に対してジャズ・スクール卒業生・・・端から接点は無い、ただ高橋氏を知っているだけ・・・私がなんぼ「ワオ~・・・ライブこうやって・ああやって一緒に成り上がろう」と言っても馬の耳に大仏?失礼、念仏である。しかし彼は話の流れ上1回だけ手伝うと言う事で落ち着いた・・・なぜ1回だけの限定なのかと言うと一ヵ月後、私のアルバイト先であるゴーストタウンでライブパーティーが行われるからである、それも私達の仲間主催の・・・それに出演するのである。それもメインで・・・バックメンバー1人だけなのにメイン・トリ・大トリである「あちゃ~」・・・
私の人生において、こんなパターンが凄く多い!と言うか自ら作っている・・・目的・目標を立て、逃げも隠れも出来ない状況を作り乗り越えていく・・・それが私のパターンのような気がする・・・
結局、残りのドラム・ベース・もう1人のギターは高校時代の友人のギターリスト脇谷君とその友人達にお願いして本番のライブを行い何とか成功した・・・
この勢いに乗った私は正式メンバーもいないのに大阪・森之宮青少年会館小ホールで行うコンサートを企画した!
何故自分で企画するのか・・・それはエンジェル時代から言えることなのだが自分が主催すれば自分達がメインに出来ると言う事!他のいくつかのバンドを出す事によって人も集まる・・・そこでトリの自分達がかっこよく決めるファンが増える・・・プロが良く使う手段(イベンターが新人を売り出す際に良く使う手である)・・・振り返ればエンジェルの矢沢の前座への起用もそうであった・・・それを目の当たりに体験した私が同じやり方で自分を成り上げるのである・・・自分でチケットを作り、他の出演バンドを探し・・・5バンド程を集め各バンドが40枚ほどのチケットを手売りする。自分1人では40人集められない・・・各バンド40人×5バンド=200人。青少年会館キャパー200名。満杯・・・そしてトリ私のバンドがカッコ良く決める・・・知名度が上がる・・・成り上がりOKである!
結局コンサートはまたしても脇谷君&フレンドに手伝ってもらい成功を収める・・・そしてその時、他のバンドで出演していたメンバーを2人自分が描く構想バンドに引き抜く! 「俺とやればプロになれる!」と強引に・・・しかし、今考えると何を根拠に「プロになれる」と誘っていけたのだろうか?若さが出来る「明日無き暴走」なのであろうか・・・凄い自信の塊やった気がします・・・・
このようにしてSERIKAwithDOGのメンバーがコンサートでの引き抜きと友人の紹介によって決まっていった・・・そしてその影には幾つかの他のバンドをつぶして来たのも事実である。
SERIKAwithDOGの名前の由来であるが、メンバーも無くライブの出演が決まる・・・チケットに名前を
入れなくては・・・6畳一間で天井を見上げ・・・「ウム~バンドの名前・バンドの名前・・・我らがエーちゃんE・YAZAWA・・・俺T・SERIKAWA・・・俺、戌年・・・セリカは戌年・・・セリカは戌年・・・SERIKAwithDOG! うっうっうっイイ・・・これ決定!」
20歳の冬、こたつに入って天井を見上げていた私はは1人でバンドの名前決定に感動し盛り上がり吉野家の牛丼に熱燗で乾杯した・・・
そして、その頃コンサート警備の依頼も多くなり私は大阪四ツ橋のピルの一室にコンサート警備会社「ドッグファミリー」を立ち上げた(会社と言っても法人登録はしなかったので部活みたいなものである)・・・なぜ「ドッグファミリー」かはバンドの名前からの引用である。そしてドッグファミリーを作ったことによって仲間・チームがドカーンと増えSERIKAwithDOGはサウンド面よりチームワークの方で関西アマチュアシーンにおいてその頭角を現しだした・・・
その頃のコンサート警備の際、イベンターから支給される「お客と警備」を区別するものは腕章程度であった。本番中は場内は暗く腕章程度では警備もお客も分からなくなる、まして場内が荒れるとなおさら・・・そこでは私はアルバイト警備全員に同じ色のトレーナーを着せた・・・イベンターからしても勝手にドッグファミリー側で揃えるのだから都合がいい・・・場内同じ色のトレーナーを着たアルバイト警備が動く・・・しかしそのトレーナーの背中にはSERIKAwithDOGとプリントしてあるのである。誰のコンサートの時もSERIKAwithDOGのトレーナーを着た30名~50名のアルバイト警備が動く・・・注目のアーティストには業界関係者が観に来る、その前をSERIKAwithDOGのトレーナーが動く・・・案の定、音楽関係者から「彼らは何・・・」となっていった・・・
つづく
2006年04月18日
リトル村長のR&R!ズッコケ・ストーリー
以前ブログにて「私のロックンロール・ストーリーを書く」と言っていたのでスタートしたいと思います。
アウトドアとは全然関係ありませんが息抜きとしてお読みください・・・
第一話は私が高校時代から20歳までのリトル悪戦苦闘の物語です。
高校3年バスケット部の部長をしながらバンド「エンジェル」のリーダーを担当する。
私がバスケの部長に選ばれたのはバスケ技術ではなく、後輩の面倒見の良さから選ばれた・・・副部長になった中島は技術もありバスケ部のポイントゲッターでもある。私が部長になってからバスケ部の統制が少々崩れだす・・・バスケ顧問の岸本先生とも気が合わない・・・そしてバンド練習が少々活発になりだす。
私の行っていた高校の運動部の顧問はほとんどが国士舘大学出身の運動バリバリの縦型社会出身。朝練・夏季合宿と休みは夏休み中の一週間程度、休部・退部・休み等は殆ど認めない、下校時も校門に張り付き帰ろうとする部員を捕まえ部室に連行するほどだった・・・私はそんなバスケ部の部長になり尚バンド・リーダーもやる・・・高校3年の夏前に私は体調を崩す。大阪市大病院で検査・・・尿から淡白が出ている。医者は「精神的なものの様だが、運動は控えてください」と・・・バスケ部長・顧問との不仲の中バンドリダーをやる・・・精神的に少々ヘビーだつた・・・
医者からの忠告を機会にバスケ部には顔を出さなくなる。顧問は激怒「バスケはしなくていいが、部活には出て後輩を指導しろ」と・・
私は自分が汗(バスケ)もかかないで後輩や同期に部長として発言・命令する事は出来ない心境だった。しかし顧問は「部員に示しがつかない」と私に部活に出るよう命令した・・・私は退部を願ったが認められず、ズルズルと部活との不協和音が続く。
顧問は私をバスケ部として卒業させどんな事があっても退部を認めない姿勢を貫きたかった様だが結局私は卒業前に退部・・・これが原因で「絶対退部を認めないバスケ部」から後輩達が相次いで辞めて行った・・・
一方バンドの方は関西のイベンター「サウンドクリエーター」とつながりが出来、デモテープを聴いてもらうことになった。サウンドクリエーターは当時矢沢永吉・松山千春・ユーミンなど80年代ニューミージックを代表するアーティストの興行を関西エリアで行うイベンターで、矢沢永吉に関しては全国ブッキングをしていた。
矢沢永吉は当時大阪厚生年金ホール(3000キャパ)がまだ満席に出来ない頃で、デモテープでつながりを持った私はチケットを数枚手売りすると言う事で矢沢永吉の関西エリアでの前座バンドの仕事を手に入れた・・・当然サウンドクリエーターが行う他のロックンロール・アーティスト(舘ひろし&クールス他)の前座の権利も手に入れた。様はそこそこ演奏出来れば後はチケットを捌く事なのである。
しかし、そのおかげで私達エンジェルは関西エリアにおいてロックンロールバンドとしての知名度をグングン上げていき、当然技術も向上していった。ツアーで来る東京のスタッフからも「関西でロックンロールのイベントをやる際は彼らに声をかけないと・・・」と言われる程までになった。
そして私は暇さえあればサウンドクリエーターへ足を運んだ。ポスター貼りやチラシ撒き・コンサートの機材の搬入・搬出・警備等、色々な手伝いをし自分達エンジェルの仕事、プロへの道が開けるのを待った・・・。
バンドのメンバーはプロ意識は高まるが、私のする業界とのつながる手段には完全お任せの言いたい放題であった。次第にメンバーとの間にギャップが出来始めた。

半年も前から決まっていた矢沢永吉大阪厚生年金会館前座の仕事。
同然私達は前座に出ると言う事でチケットを300枚ほど手売りした。先にも述べたが矢沢永吉ソロで厚生年金満席はまだ無理な頃・・・私達メンバーの手売りで何とか当日は満席になった・・・
「俺達も出る」「出る」「出ーる!」と言って捌いた300人分の300枚・・・しかしリハーサル前にトラブルが発生した。
トラブルと言っても矢沢永吉の一言!「今日は前座無し・・・」である。
私達のリハーサル直前サウンドクリエーターの鈴置さん(S氏)が血相を変えて俺たちの所へやってきた・・・当日楽屋も決められていなかった私達はその事を会館ロービーで聞いた・・・「ふざけるな!」である。半年も前から自分達は手売し何とか当日の満席まで来たのに何を言っているんだこのS氏は・・・
ここで前座バンドについて少々述べておこう。
前座バンドと言うのはメインのアーティストの前に20分程度演奏するバンドの事。以前、海外アーティストの場合はよく日本の同ジャンルのプロミージシャンが務め国内の知名度を上げるのに利用される。古い話で悪いがビートルズの前座バンドはドリフターズが行った。
そのように前座バンドに起用されるのには色々な要因がある。様はイベンター・レコード会社の戦略の1つとして使われ、私達の場合はチケットの手売りで貢献するといったイベンターの戦略での起用である。
また、矢沢の場合は特に厳しく演奏時間20分厳守。矢沢機材使いまわし無し。ステージ中緞帳を降ろし矢沢ステージ機材を見せない。
といったものだった。ひどい時には会館により中緞帳の位置が悪く奥行き2メートル幅のステージに機材をセットした事もあった。当然客席に出る音量も矢沢の半分である。あくまでも盛り上げ役・・・
しかし、知名度を上げるチャンスとして以前はよくコンサートに前座があったしエンジェルの知名度は確実にあがった・・・
話を元に戻そう・・・「俺達は半年も前から自分達が出るといってチケットを売ってきたんだ!」「今になって何を言っているんだー」とS氏に講義する・・・S氏も当然それを分かっている。俺達と矢沢の間を行ったり来たりと矢沢に交渉・・・数時間後OKが出た。
しかし、OKが出たのは開場(客入れ)30分前・・・慌ててセッティングそしてリハーサル・・・舞台のそでで着替え即本番・・・
なんと私達のステージが始まったのは客入れと同時だった・・・ほとんどの客がロビーでたむろしている頃に俺達は演奏し終了したのである。
今でもはっきり覚えている・・・自分達が終わり舞台のそでに下がった時、矢沢が白のステージ衣装でそでに現れた。私は腹立ちはあったが「ご迷惑かけてスミマセンでした」と道義上言った・・・矢沢は「よろしく!」の一言だった・・・
後から聞いた話だが大阪の前の九州公演で前座バンドが演奏時間をオーバー・その上友人達にアンコールを強要させる等行い矢沢が激怒し、それが原因で今回の前座バンド無し事件に・・・結局私達が矢沢永吉最後の前座バンドになった・・・
ライブハウスの件で面白い事が1つ有る。大阪梅田のライブハウス・・・名前は忘れたな~・・・そこに出演の際、お客さんのノリが良く終演後もそのお客さんと結構盛り上がった。彼らは大学4年のバンド仲間で、ロックの教祖的存在の矢沢永吉の前座をやった私達エンジェルを一目見ようとやって来たらしい・・・と言うより彼らが集まるライブハウスにエンジェルをブッキングしたと言った方が正しい・・・年齢は3歳程彼らの方が上だが矢沢の前座をやっている私達の方が閣は上であるし態度もデカかった・・・結局矢沢ファンと言う事で意気投合し今度一緒にやろうと言う事になった・・・
後日大学生バンドのボーカルのM氏から学園祭の出演依頼の電話が入った・・・私は結構カッコつけ出演をOKした・・・しかし、その後電話は来ない。
私は「カッコつけすぎたかなー」と反省が頭を過ぎっていると今度はライブハウスから電話が入る。
「大学生バンドの×○△□が出演出来なくなりスケジュールに穴が開いたので出演して欲しい」と・・・当然OKである。
私は打ち合わせの為にそのライブハウスに足を運んだ・・・するとその店の中で皆が一枚のレコードを聴いていた・・・
「あんたに~あげーた~愛の日々を~今更返せとは~言わないは・・・」 世良正則&ツイストのデビュー曲「あんたのバラード」である・・・そう、大学生バンドのM氏は世良正則であり大学生バンドとはツイストであった・・・
一瞬にして立場逆転! 彼らがデビューで穴が開いたスケジュールを私達エンジェルがシコシコと埋めた・・・大笑いである。
その後、サウンドクリエーターのS氏とも音楽的な話が次第になくなりコンサート警備の人集めの依頼やスタッフ業務がばかりになった・・・
S氏の考えが徐々に分かってきた・・・「私をミュージシャンにするよりこのままズルズルとスタッフにした方が自分には都合が良い」と言う考えの様だ・・・「ふざけるな!」である・・・しかし業界とはつながっていたい・・・
その後も私達は手打ちコンサート・ライブハウス出演を続けるが、次第に私はバンド脱退の気持ちが高まりだす。メンバーの意識とサウンドクリエーターS氏の事・・・このバンドではプロを目指したくない・・・そういう気持ちが頭の中をグルグルと駆け巡りだす。
結局私は20歳を前にこのバンド「エンジェル」の3年弱の活動にピリオドを打つ・・・
ロックンロールバンド「エンジェル」出演の足跡・・・
矢沢永吉・前座4ヶ所、神戸国際会館・滋賀会館・和歌山県民文化会館・大阪厚生年金会館
クールス・前座2ヶ所、京都会館第二・大阪御堂会館
舘ひろし・前座2ヶ所、京都会館第一・大阪御堂会館
ライブハウス出演 数ヶ所
手打ちコンサート13回、大阪森之宮青少年会館・桜ノ宮公会堂・八尾市民ホール・YTVオーディアム 他
その他イベント10ヶ所、奈良県文化会館・天王寺野外音楽堂・橿原市民会館・びわこ湖畔特設ステージ 他
つづく
第二話は除雪の合間、気が向いたら書きます。
また、エンジェルについてはリンクの所に詳細アドレスあります。


















