2010年07月28日
仲間
先日、部活が久しぶりに1日オフになったと娘が帰ってきた。
早々に地元の中学時代の同級生に「焼肉をやろう!」とメールを送り
約15名程の同級生が集った・・・

十日町を離れ高校生活を送る娘にとっては「十日町の仲間」と言うのが
凄く心の支えになっているようで
幼稚園の年中から中学までの11年間、クラス替えも無く共に遊び学んだ仲間
喧嘩やいじめを乗り越え、本当に仲の良い仲間である。
私も久しぶりの再会に、女子は「眉毛無いやんけ~」 男子は「かっこよく、おっさん臭~く」
っと彼・彼女らの成長に驚かされた。

当たり前の話だが、大阪・東京・そして今住んでいるのは十日町の私に対して
娘は「全ては十日町から始まっている」と改めて感じさせられる。
ほんま、娘にとって十日町はデカイし「ふるさと」であるっとつくづく思う・・・
そして今 、高校生活で新しい仲間を増やし
いずれ社会に出る時には、その仲間も娘の大切な柱となっていく
意味も無く高校生活を過すのではなく
部活に追われる毎日に
勉強はおろそかになるが
それ以上に大切なものを築き上げている気がする。

1997年 「夏」 十日町への引越し・・・2階の部屋に荷物を運ぶ娘 (当時4歳)
2010年05月26日
無力
危険な手術ではないので心配ではない・・・
まして娘は2度目、有る意味慣れたものである?
ただ親としては忍びなく・・・

手術室に向う娘に経験者でもない私は何も言えない
なんやったら、手術室の緊張をほぐす為にロックでも歌いましょか?
それともテントでも張りましょか・・・?
ランタン点けてオペの手元照らしましょか・・・うぅぅぅぅぅっ
そんなもん何の役にもたたない
あぁ親の無力さを感じる!

約一時間の手術で断裂した半月板を摘出し、ついでに前十字身体の手術の時に
残っていたネジを取り出した

今回は一週間ほどの入院・・・
もう、これで手術は最後にしたい・・・
今度娘の件で病院・入院と言う事があるなら、
それは、まだまだまだまだ先の話だろうが
出産の時と願う・・・
2010年05月21日
半月板
娘は2年前に前十字靭帯を断裂し
高校での部活に基準を合わせ手術を受けた。
新潟県代表として春校全国大会出場!
そしてピンチサーバーとして全国高校バレー部の憧れのコートに立った。
( わたしも憧れの着ぐるみの中に・・・?)
さあ、今年は2年生となり「これから」と言う時に・・・

前十字靱帯単独損傷の後遺症で膝に
緩みが生じ、それが誘因となって半月板を損傷
その欠片が動き膝をロックしてしまう・・・
その症状が繰り返され、練習に集中できない
その上、顧問の先生や部員に迷惑が掛かる・・・
それになにより本人が意気消沈!
急遽、半月板手術をすることになった!
取り替えれる物なら私の左足を・・・
古くて使いものになれへんか~
2010年04月06日
またしても・・・
先日長岡市内のバレーボール大会が長岡市民体育館で行われた・・・
全国春校バレーの大会が終わっても、娘達のバレーボールは来年に向けて
休み無しなのである。
中学2学年の冬、左足前十字靭帯断裂・・・
高校での部活に基準を置き、同年8月に手術し約6ヶ月のリハビリの後
膝に装具を付け中学時代のバレーボールは卒業した・・・
そして、新潟県ではバレーボール最強の高校に入学し
春校全国大会という貴重な体験をし、これから益々バレーのウエイトが
掛かってくる2年・・・それいくぞーのこの時期に・・・
左足半月版破損!と完治した古傷を痛めた・・・上記大会中の出来事である。

「完治したのでもう来なくて良いよ~」と言われたビッグスワンにある医科学センターへ
また通うことになった・・・
しかし、娘は強くなる・・・エエ経験や~
2010年03月23日
桜・・・散る・・・
昨日に続いて春校バレー2回戦!
念願の1回戦突破したノリで本日もドカーン!んと・・・

昨日に続いて新潟国体の県のイメージキャラの「トッキッキー」も
新潟県よりここ代々木体育館に飛来し子供達を応援!

しか~し・・・昨年の優勝校に部員達の健闘及ばす・・・サクラ散る・・・
ん~~~残念・・・
しか~~し!また来年と、決意新たにVサイン!

ほんまお疲れ様です・・・親父は子供達によって育てられます。
最後に監督・部員・保護者・関係者の皆様お疲れ様でした・・・
また来年 CAN TRY AGAIN ・・・・
そして、新潟県より飛来した「トッキッキー」は飛ぶ元気を使いきり
アウトランド号に乗って帰っていった・・・

2010年03月21日
春高バレー代々木決戦!
昨年はチームの力を出しきれないままに一回戦敗退してしまった・・・
今回は、まず一回戦突破を目標に日々練習・試合を積み重ね・・・
そして今日、群馬代表「高崎女子」と第一回戦

ドカーン! ほんま念願の一回戦突破!
御見事3セットマッチを2ー0のストレート! ヤリィ~!
子供達の頑張りに頭が下がる思いです。

さあ!余韻に浸ることも無く、明日は前回の優勝校「東九州龍谷」と・・・
うぉりゃ~青春一度!ドカーン!と当たって砕けろの精神で!
親父も応援するぞ~・・・
2010年02月21日
朝・・・
部活がオフの日、娘が帰ってきた・・・
雪祭りも重なり、娘は久し振りの地元の同級生達と雪祭りを楽しんだ・・・
娘にとって地元の友人達は8年間共に学んだ仲間であり
とても大切思い出のようだ。

そして、翌早朝、娘は部活の朝練へと帰っていく・・・
雪の積るホームに娘の足跡が残り
ふと、娘にとって全てが良かったのかと考える。

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親としての責任・・・
なんか溜息が出る・・・後ろ向きの溜息ではないけれど
ピーンと冷えた朝の空気が心を締め付ける・・・
今度はいつ帰ってくるのだろうか?
2010年02月03日
1回戦突破祈願雪中泊
娘の高校の春校全国大会1回戦突破を祈願して
雪中泊決行です!
よりによって今夜から日本海側大雪注意予報が出ている・・・
エエ感じに吹雪いてきたぞ~!
え~いっ!大雪でもドカ雪でもかかって来いや~!
親父も頑張るぞ~・・・何を頑張んねん?
い~やっ!気合だ~気合!

1回戦突破祈願雪中泊決行です!
2010年02月01日
新潟県代表
昨年は入学前だったので、スタンド席で応援・・・
今年はコートの中に娘がいる。

試合に出れる機会は少ないが
歓喜が上がる選手達の円陣の中に娘がいる。
家を出、寮生活をし、娘からのかかる電話も減り・・・・
なのに笑顔の娘の顔がコートにある。

新潟県代表として、春校全国大会出場決定!
人生1回・・・おめでとう!
次は代々木決戦・・・頑張れ!
2009年10月07日
叶わなかった小さな夢
このツーリングテントはもう4~5年前に買ったもの
娘がまだ小学生の頃・・・
ザックに詰め込み、自転車で娘と二人近場のキャンプ場へ行こうと思い購入した。
その後、娘は中学生に・・・そして部活
いつか・・・いつか・・・いつか時間を見つけて・・・
結局、行けずじまいで月日は流れた・・・
そしてこのテントは一度も設営された事はなかったし買っていたことも忘れていた・・・

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秋晴れの日、そのテントを初めて設営した。
そして、叶わなかった小さな夢と終止符を打った。
いつか・・・いつか・・・の想いでは、夢は叶わない!と今また実感した。
2009年09月24日
銀杏
先日、娘のバレーボールの大会を観に富山まで・・・
早朝6時にアウトランドを出発!

富山大学の体育館に着いたのは9時30分頃・・・
ほんまに娘に会う機会が少なくなり寂しいものである。
しかし、娘の成長は頼もしい限り・・・

せっかく娘に会いに富山大学まで来たのだから
記念に構内に沢山落ちていたイチョウの実(銀杏)を
拾って来た。

子供の頃、父親が大阪の御堂筋の銀杏を拾って持ち帰っていた事
を思い出す・・・あの頃同様に銀杏は臭い!

実から種を取り出し天日干しに・・・初めてやる事なので
これで良いか分からないが、後は煎るだけで食べられるはず・・・
銀杏を拾って来たのは、食べる事が目的じゃない
娘の大会へ行った時に銀杏拾ったと言う事を
銀杏を食べる度に思い出せる事が・・・
小さな小さな親父の娘との思い出作りなのである。
2009年07月08日
急遽、唄う事に
先日、急遽人前で一曲・・・
依頼された時、一度はお断りをしたのだが・・・
新しい人との繋がり・・・
娘の為にも大切にしなくてはいけない繋がり・・・
ギター1本持って CAN TRY AGAIN

iTunes Store でも配信開始!
mora ←でも配信開始!
2009年04月03日
子供の力
先輩達が合宿で寮が留守になる為、娘が一時戻る!
明日の練習が休みな訳では無いが・・・
子供の存在はデカイ!家の中が明るくなる!
会話が飛び交い、ビー子も喜ぶ!
私も、何時までも花粉症で苦しんでいられない!
娘を見習って立ち上がらなくては・・・
2009年03月29日
景色が少し滲んだ・・・
正月に続いて弥彦神社を訪れる・・・
何故、この時期に?と言うと・・・
それは、お正月に来た際にお願いした事の御礼に足を運んだ。

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娘の高校受験のお願い・・・ありがとうございました!
何の問題も無く受験は終了し、新年度より娘は高校生となる・・・
そして、高校に入ってもバレーを続ける為に寮生活となる・・・
運動が盛んなその高校のバレー部は、つい先日行われた春校全国大会にも
新潟代表として出場し、練習はほぼ毎日ある・・・
まだ、入学式も終えていないにもかかわらず、部活に参加、そして娘の寮生活が始まった。

5年程前・・・・ユニックのレバー操作をする娘と・・・
アウトランド・・・私の心に穴が開いた・・・
十日町、アウトランド造成にはいつも隣に娘が居た・・・
出来上がっていくログハウスに登らせては私が喜んだ!
手伝っているのか?邪魔をしているのか?殆んどは足手まといであったが、
私自身のエネルギーの源であったのには違いない!
子供の前でログを作り、キャンプ場を創り上げていく・・・
「男は黙って家の1つも作らな~そして、やれば出来る」を見せたかった・・・
しかし、「あっ」と言う間に娘は親離れを始める・・・

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あぁぁぁぁっ!私の子離れの時期が少しづつ近ずいている・・・
嬉しい事のはずなのに・・・分かっているのに・・・
いざ、サンダー軽トラに娘の荷物を積んで国道8号を北に飛ばすと、景色が少し滲んだ・・・
2008年08月19日
転院
前十字靭帯の手術を終えた娘が、新潟大学病院から
十日町病院に転院することに・・・
午前11時までに十日町病院に来てほしいと言う事なので
朝一で家を出発し、8時半新潟病院の退院手続きおし
即、とんぼ返りで十日町へ・・・
しかーし、朝の新潟市内は渋滞する。
うむ~・・・片道1時間半、渋滞に掛かれば十日町病院11時はキツイ!
5時位に出発するかな~・・・と色々考えた結果・・・
と言うかアウトランド号はキャンピング仕様なので
黒崎のサービスエリアまで夜中に行き車中泊する事に。
朝6時に起き、余裕で新潟病院へ・・・
途中病院食に飽きている娘の為にマクドナルドのハンバーガーを買い
転院手続きの1時間前の7時半到着!
私は「田園の中の異国」イベントの為、手術後は娘に会っていなかった・・・
約10日振りの再会である・・・
今回の手術・入院で娘は少したくましくなった気がした・・・
2008年08月08日
前十字靭帯手術
今年1月に部活のバレーボール中に靭帯を断裂し
その後も装具をつけて部活を頑張っていた娘・・・
高校に行ってからもバレーを続けたいと、靭帯の手術をすることにし
その手術を6日行った・・・
手術や入院の経験のない私にとって、手術を受ける娘は益々デカク見える・・・
何事も「経験」と思いもするが
10数年生きた位で、手術を経験させるのは少し辛い気もある。
手術前、近くにお寺が有ったので手術の無事を祈った・・・
2008年07月18日
前十字靭帯
先日バレーボールの中越大会が行われた・・・
残念ながら次の県大会には行けませんでした
中学3年間の締めくくりの大会で、娘はこれで引退した。
最後の試合としては少し不完全燃焼であったが
今年1月部活中に前十字靭帯を断裂し
以降、装具(サポーター)をつけての状態だったにもかかわらず
良く頑張れたものだ・・・
そんな娘は、高校へ行ってもバレーが出来るようにと
夏休み中に靭帯の手術を受ける。
リハビリが大変そうだが、運動好きな娘の今後を考えると
今、していた方が良いと言う結果になったからだ
それに、娘もそれを望んだ・・・
また、娘に力を貰った・・・
前十字靭帯について
前十字靭帯は、バスケットボールやバレーボールのジャンプ着地時に膝を捻ったり、
アメリカンフットボールやサッカーなどでコンタクトプレー時に損傷がみられます。受傷時、
自分の膝に「ガクッ」とか「ブチッ」とかいう音を感じる(専門的にはポップサウンドと言います)
患者さんも少なくありません。当然、強い痛みのためのその後プレーを続ける事は、困難と
なります。前十字靭帯は関節内部にある靭帯のため断裂部からの出血は関節内にたまります。
これが俗に「関節に血がたまった」と言う状態で、抜くと20~80ml位たまっています。さらに、
専門医の診察を受ければ膝の「ゆるみ」を確認することが出来ます。
前十字靭帯の単独損傷であれば多くの場合、けがをしてから3~6週間でほぼ通常の
歩行や軽いスポーツ活動が可能となることもありますが「膝の捻挫」としてすましてしまうと
実は大変なことになります。
この靭帯が断裂してそのままにしておくと、「膝くずれ」と呼ばれる症状が出現する
ことがあります。
「膝くずれ」とは、ふいに膝を捻る様な動作をした際に体を支える事が出来ず、あたかも
膝の後ろを予期しないときに人からけられてガクッと膝が折れるような症状を言います。
「膝くづれ」を放置し、スポーツ活動や日常生活を続けると膝半月板(関節の中にあるクッション)
や関節軟骨が痛み変形性関節症(年をとって関節がいたんだ状態)になるます。「膝くずれ」や
痛みを我慢してスポーツを続けていると、年齢は20歳なのに膝だけ70歳と言うことも
決してまれではありません。
治療
前十字靭帯は先ほども述べたように関節内部にある靭帯のため、一度断裂してしまうと
非常に特殊な条件が整わない限り自然につながったり、断裂部を縫合(ぬってつなぐこと)
して治すことは出来ません。したがって、靭帯再建術(他の組織を使って手術的に靭帯を作り
直すこと)を行うことになります。
ただ、この靭帯を損傷してしまった人すべてが手術を受ける必要があるわけではありません。
手術をするかどうかは、「膝くずれ」の有無や程度、年齢、スポーツレベルによって決められますが、
基本的には「膝くずれ」の有無に関わらず10~20歳代で競技レベル以上のスポーツを行う人は
再建術が必要です。
再建方法には何種類かありますが、合併損傷がなければ手術後6~10ヶ月でスポーツ復帰が
可能です。ただし「膝くずれ」が放置され関節軟骨の損傷がひど場合は、スポーツ復帰はおろか
再建術が出来ない事もあります。
また「膝くずれ」が起きず手術をしない場合でも、膝にゆるみがあるため知らず知らずの内に
半月板や軟骨が傷んでくる事があるので専門医の定期的なチェックが必要です。
いずれにしても合併損傷の有無、スポーツ種目、レベル、年齢などにより治療の方法やスポーツ
復帰への道も様々ですので整形外科医による適切な診断が重要になります。
2008年06月13日
子供から夢を頂いて・・・
昨日、娘のバレーボール部が「第54回十日町市・魚沼郡大会」で見事優勝した!

2日間続いたこの大会、準決勝・決勝では部員が一丸となり、見ている方も大興奮!
宿命の対決! 前回の大会で敗れていた「中条中学」を2セット共に大逆転降し
本当に大興奮であった・・・
大人が子供達に夢を与えなくてはならないのに、子供達から夢を頂いて・・・
ほんまにありがとさん・・・そしておめでとう!
2007年09月11日
白虎VS赤竜
キングコング対ゴジラでは有りません。白虎対赤竜でマイ娘の中学校の運動会の白組赤組の事であります。先日の土曜日曇り空の中、総勢122名の生徒が元気良く、清々しいバトルを展開しました・・・
中学生にもなると見た目も徐々に大人っぽく変化し出し、男の子は男らしく、女の子は女らしく・・・
早いものですねー!ついこの間まで幼かったのに・・・親としては嬉し寂しの複雑な気持ち・・・
どの競技を見ていても、頼もしくも有り・寂しくもある・・・幼稚園の運動会で一緒に手を繋いで走ったのに~

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段々といろんな意味で親離れ・・・私も通ってきた道ではあるけれど、今子供とやっておかなくてはいけない事は無いだろうか?今の内に出来る事は無いだろうか?・・・時間は戻らないし、成長は止まらない! 早足で過ぎる日々の中、私は一寸子供の成長について行けてないのかも知れない・・・
夜、娘の白虎チームの3年生と応援団がアウトランドで慰労会! 慰労会? 自分達で慰労会?・・・
まだ危なっかしいけど自分達の手で思い出作り!・・・エエ感じですねー・・・未来の為に沢山思い出作れよ~!
アウトランドは子供の自立に手を貸すぞー! しかーし、頼もしくも有り・寂しくもある・・・
2007年02月04日
娘に教えられる・・・
幼稚園・年中で十日町にやってきた娘は雪国での生活に不平不満も無く ここで生活するのが当たり前として生きてきた。
すぐ隣に中峰スキー場が有ったおかげでスキーを身に付け、そして十日町スキークラブに所属さして頂きアルペンスキーを身に付けた・・・毎年この季節はアルペンの大会大会と忙しい日々を送っていた・・・
しかし、その娘も中学生になり今度はバレーボール部に所属した・・・そして今日十日町総合体育館で小さな大会が有った・・・
ついこの間十日町にやって来て3才の娘を小脇に抱え隣のスキー場をテクテクと登り「早く家族でスキーが出来れば」と思ったのも束の間十日町スキークラブに所属し「あっ」という間に親の私達は置いてけぼり・・・アルペンスキーのゴールでかっこ良く滑る娘を応援する日々に・・・そして今日はバレー部として頑張る娘をスタンドから見守る・・・
子供の成長は速過ぎる・・・子供に対して親らしい事が日々ちゃんと出来ているのだろうか? 超特急の毎日を過ごしている娘に親の私は付いて行けてるのだろうか?
そんな事を娘の成長からしみじみ考えさせられる今日この頃です・・・私ももっと頑張らなあかんナ~・・・
親が親である事の責任と意味を・・・
2006年03月25日
卒業
マイ娘の小学校卒業式・・・頑張った娘に100点!
娘の学年は1クラス・・・6年間ずっと同じメンバーだった。楽しい思いでも6年間引きずり、いやな思い出も6年間引きずる・・・
十日町に来て8年、親の私は大阪・東京での生活が有った上でここ十日町で生きている。辛い事が有ってもそれを回避するだけの経験や切捨ての手段を知っている。
娘はここでの生活が100パーセント・・・楽しい事はさておき、辛い事はその小さなハートで受けている・・・娘は小学校の生活で「我慢を覚えた」と卒業文集に書いているが、その文を読む親としては少々辛いものがある。

6年担任の金子先生も卒業式後クラスに集まった皆に「何事もあきらめず、自分らしく・・・」「自分の人生は自分のものなのだから」と言っていたが、娘の「我慢を覚えた」と言う意味の中に個性・主張が失われない事を願いたいものだ・・・

卒業として学校を見ると少々気持ちがセンチメンタルになる・・・廊下・階段・洗い場・・・人気のなくなった場所に娘が走り回っていたと言う残像を思い浮かべてしまう・・・この廊下、何回娘が走ったのだろうか?この洗い場で娘は手お洗ったのだろうか?中越地震の余震の時はどうだったのだろうか?などと過ぎた日の娘の学校での生活を想像してしまう。
下から見れば長い人生・上から見れば一瞬の人生。娘はまだ二回目(幼稚園・小学校)の中継地点・・・
1964年の東京オリンピック・マラソン3位の円谷幸吉の言葉に「私は上位入賞を考えたのではなく今目の前の電柱まで、そしてそれが過ぎれば次に見える電柱まで一生懸命走った、そして結果3位になった・・・」と。
大きいゴールという目標を置き、その全体を考えてしまうと自分が潰れそうになる。だからその手前の小さな電柱をまず目標に置く・・・私は彼のこの考え方が好きです(アウトランド造成はこの考え方に成り立っている)。
娘はまだ2本目の電柱の通過地点・・・これからいくつもの電柱を見つけ、悪戦苦闘するだろうけど、あまり周りを気にせず、一度っきり、やり直しの無いマラソンを自分らしく完走ゴールしてほしいものです。
私は歩道で自転車に乗り息の続く限り追いかけ応援します・・・・

最後に6年間お世話になった下条小学校の先生の方々、そして6年1組担任の金子先生、
ブログで失礼しますが、本当にありがとうございました。
2006年03月05日
ひな祭りなのに・・・
昨日3月3日のひな祭り。マイ娘は当間スキー場ナイターカップ・・・下校後即スキー板を車に積み当間スキー場へ・・・・途中セブン・イレブンにておにぎり2ケ・・・お前のひな祭りはおにぎり・・・2個!
6時30分より大会スタート・・・ゲレンデはすっかり凍りつき「寒い、寒い」と・・・しかし娘は仲間とタイムを競い走り回る。 ひな祭りなどと構えて考えているのは親だけの事・・・子供はひな祭りのお祝いは卒業なのか・・・親としては少々寂しい気がします。
PM10時、家路に着きワイフが作ったいなり寿司をほうばり即、風呂へ・・・娘は風呂の中で熟睡。
今日も一日お疲れさん! 今の頑張りはやがて血となり肉となる。体で覚えたスキーは一生忘れる事は無いだろう・・・何も知らない十日町に来て頑張っているのは私ではなくマイ娘である。
そして今日も「津南ジュニア」のスキー大会・・・冬場もバリバリ忙しいマイ娘である。

←転倒。しかし頑張る子供達に励ましのワンクリック!
最後に頑張っている甥っ子の二人の紹介!
私の姉夫婦の長男と次男の大介・優介の二人・・・彼らはピアノをバリバリ頑張っている。

←子供の可能性にワンクリックを・・・
その内その世界で名を聞くようになるだろう?
子供の可能性は無限だ。親が線引きしてはならない・・・「まだ早い」とか「誰もやっていないから」とか・・・鉄は熱いうちに打て と言う言葉通り・・・子供のうちに色々な経験をさせ・・・未来の自分の納得する形を決めて欲しいものです。
私の形・・・? 先天性異常変体ロック・ビルダー!
2005年10月24日
秋の日本海
昨日は子供の小学校最後の文化祭。6年生は中越地震の経験から「生きる」というテーマ!
担任の先生と一緒に作り上げた劇は、貴重な地震という経験を被害者ではなく前向きに捉え心温まるものでした。
今でもたまに揺れますし、私の娘は怖がりますが、確実に強くなっている気がします。あんな大震災でも学ぶべきものは沢山あったと思います。
そんな訳で、本日文化祭の代休の為、娘とワイフを連れて新潟市へ映画を見てきました。映画の話はさておき、帰りに季節はずれの日本海へ・・・。夏の海と違い日本海は「寂びし~」・・・でも私はこの頃の海が一番好きかもしれません。なんか胸がキュウと締め付けられるみたいで。

娘が砂に穴を掘って遊んでいるのを遠くから眺めていると、昨日娘が皆でワイワイとやっていた文化祭がうその様に思えてきます・・・ 楽しいことが有るから、寂しいこともまた良い・・・夏のにぎわう海と、人気の無い冬の海のように・・・

流木がいっぱい有ったのでこんどノコギリを持って取りにこよう・・・
2005年10月19日
マラソン大会
先日、娘の小学校で校内マラソン大会がありました。バリバリの秋晴れに恵まれ、皆よい汗を流していました。3・4年、1・2年、5・6年と3つのグループに分かれての力走です。

娘が小学校に入学し始めてのマラソン大会、その頃は5・6年生が大きく感じ(当たり前の事ですが)1・2年である娘達の小さな走りが危なっかしく、6年生としてマラソンを走る娘の姿はまだまだ先の事だと思っていました・・・。それが今回もう6年生としてのマラソン!なんでこんなに急いで子供は大きくなるんや?もう少し子供でいていいんと違うか?本当に子供の成長は早い、いや40歳を過ぎてからは私の人生も早い・・・?

こんなに早い月日の流れに、娘には何をしてあげられるのだろうか?小さい事の積み重ねが振り返れば大きな思い出になっているのだろうけど、私のような自営業の人間には、本当に毎日毎日「思い出作り」をしなくては自分の存在の意味が分からなくなってしまう。娘の父である自分・ワイフの旦那である自分・リトル村長である自分・・・自分・自分・・・どれも自分らしい自分である事を目標に、なるべく全ての自分に一生懸命いたいものです・・・。
話がそれましたが、20歳で大人とするならば、娘の父として娘を守るのは後8年しかない・・・とっくに折り返しの10年が過ぎている。もっともっと親子の思い出を作らな「あかんな~」多分残りの8年も「あっ!という間やろなー」・・・と考えさせられたマラソン大会でした。













