2011年06月28日
ボランティアと食パン
被災地からアウトランドに戻り3日がたった
なんか夢を見ていたような気がする・・・
本日、岩手は雨・・・Sさんやボランティアの人達は大変だ。
6月20日 (24日の日記の続き・・・)
Sさんと分かれた後、今夜の停泊場所を決めなくてはならない・・・
明日は山田町のボランティアだからと言って山田町の何処かと言う訳にも行かず
来た道を1時間15分かけて山越えし遠野の道の駅まで戻った。

さあ夕食である・・・
最近関西に行った時もよくやる「食パンにマヨネーズサンド!」
具も無く、パンにマヨネーズ・・・だだそれだけ・・・
食パンにマヨネーズの件は、また今度話しますが
今回の目的「被災地に手助け」と言う気持ちを忘れない為の自分へのプレッシヤーの食事である。
地方に来たからと言って名物を食べるなんて!今回はありえない。

一人の夕食は5分で終わった・・・明日4時に携帯のアラームをセットしてアウトランド号で爆睡・・・
6月21日
4時前に目が覚めた・・・
1時間15分かけて山越え・・・途中、野生の鹿と出会い
十日町と種類が違う事に「遠くに来れば鹿も変わる」と遠くに来た事を実感する。
さあ、山田町・・・早朝の為、人が少ない分ますます世紀末っぽく見えてしまう。

6時・・・ボランティアセンター到着・・・しかし誰もいない。
本日は肉体労働なので日頃食べない朝食を食べておく・・・パンにマヨネーズを1枚。
7時・・・数人の方が顔を洗いに出てきた・・・
「ボランティアに来たんゃけど何時から~」
「受付は8時半からです」と・・・
まだ時間が有りすぎるとウロウロ・・・

震災当時は、ここ山田町のボランティアセンターも被害に合った場所、
このセンターの5メートルほど下に有る老人介護施設では
沢山の方が亡くなった・・・

施設の屋根の上にはポルシェが・・・
8時過ぎ・・・受付が始まった。
このセンターは三重県からの協力隊が仕切って日々ボランティアを振り分けている
私のように一人参加の人はセンターからすれば少々面倒なよう・・・
なぜかと言うと、最初にマッチングとして5名~10名程のチームを作る
その際、もともと5,6名での参加だとそのままチームリーダ―を決め現場派遣とスムーズに行くが
一人参加だと「あなたとあなたと・・・そして誰かリーダーは・・・・」となり
まして、このセンター初日となると「スコップあそこ・・・長靴あそこ」となる。
それを被災後、3ヶ月もやっているのだからスタッフも大変だ。
ほんま「少々面倒をかけるが、関西風味の新潟県人のナビよろしく」である。
私は14班10名の一員となり現場へ向かった・・・

作業地は第13地割と言う辺りの民家が10世帯ほど有ったであろう場所
基礎だけが残り辺り一面に生活用品やガラスなどのガレキが沢山ある・・・
それを人力で土嚢袋に入れ撤去する。
10人で一軒である・・・そして、その一軒ですら1日で終わるか分からない。
その上、この現場から20メートル程先の海の中には、まだ人が乗ったままの車が
沈んでいると言うような場所・・・


到着後、この場所で本当に合っているかチームリーダーの人が家主に携帯で連絡を取るがつながらない・・・
「ここの人は多分入院しているはずだからな・・・」と地元を熟知している
私はてっきりこのチームリーダーは地元の役場の人と思っていたが・・・
後で分かった事だが、この人は岐阜の人で山田町にボランティアに来て2週間目、その上
今回で5回目と言うボランティアの主である。
そして、この14班には北海道・旭川から参加の山田町ボランティア1ヶ月目のもう一人の主もいた。
皆、それぞれの思いで参加し山田町の復興に手助けしている、ある意味プロである。
この他にも東京(府中)(多摩)・神奈川・三重・青森 等
ほんま皆、無償の気持ちでやって来ている・・・
三重から来ているセンターのスタッフの方も大変だとは思うが、有償と無償・・・この差は大きいと思う。
被災者に手を差し伸べる事を持続させる為には、ボランティアのモチベーションのキープが大切であり
直ぐに消費税の話へ転換させる政府はどうか?
モチベーションを下げる話ばかりしないでほしい・・・
皆、崖っぷちで頑張っているのだから・・・
そんな気持ちから、まだ残っている被災者の支援物資をボランティアへの支援と切り替える。
この日のボランティアを終え長期ボランティアが住む、センターから20メートル程の
高台にある「家族旅行村キャンプ場」の方へ
本日一緒に活動をした主に声を掛け、Jハートの経緯を説明・・・
Jパーカーにお米・水・ラーメンと・・・
主達はメチャ喜んでくれ「わしらも頑張るから、お前も気をつけて頑張れ!」と激励まで受け
なんか胸が熱くなった・・・


その後、再びSさんと会い再会を約束し国道45号線を東松島目指しアウトランド号を飛ばした。
食パンを食べながら・・・

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まずは、無事帰宅されて、本当に良かったです。
ほんと。現地の方や、現地で長期で頑張っている方には頭が下がります。
現地に行くと、個人の力がどんなに小さなものかが、よ〜く分かります。
私も、支援初日はどんな顔でどんな態度で接したら良いか、とても迷いましたが、自ずと自然体が良いのだということに気づきました。
村長さんと私のおかれた状況は、また微妙に違うとは思いますが、個人に出来ることは、それが現地であっても、一番身近なことを、一番身近な人たちと、とにかく一生懸命やってみることだと思いました。
出来れば、笑顔で・・・。
私も現地の方々にはいろいろなことを学びました。その気持ちを、そのまま「ありがとう御座いました」と伝えられてから、何かが変わったような気がします。
冒頭に述べたように、個人の力は小さなものですが、「身近な人同士がお互いに相手に必要とされている」と思うことで、パワーが増幅していく、そんな人間の底力みたいなものを感じました。
最終的には、人間を救うのは、国でも金でも無く、人なのだなあ、と実感せずにはいられない、そんな経験が出来たと思っています。
では、今後の支援でも、体に気をつけて頑張って下さい!
奄美の近藤・・・近ちゃんへ
ほんま行ってみなくては分かりません
震災後3ヶ月・・・日々状況が変わる中
自分の中で風化しないよう
しっかり脳裏に焼き付けておこうと思っています
