2006年01月12日
あの時君は若かった・・・
昨年の年末に約28年振りの友人と電話で話す機会があった・・・そう私が18才の頃の・・・?
ローカルな話ですがその友人金子君とは同じ地域、同じ小学校・中学校を卒業し多感な高校時代に互いがギターを手にしバンドを作る事になった人です。
その頃、日本のロックシーンでは矢沢永吉が群を抜いて全国でコンサートをしていた時代。キャロル時代より影響を受けていた私は当然のごとくキャロルのコピーバンド(ANGEL)として金子君と始めました。(金子君はブリティッシュロックが好きだったのですが・・・)
高校の友人や紹介でメンバーを集め練習を繰り返し、高校卒業前には関西エリアにおいて矢沢永吉や舘ひろし・クールスの前座バンドを勤めるまでに成長し音楽事務所からもデビューのお声が掛かる様になりました。しかし、お互い多感な時、3年間活動し解散!結局私は自分のバンド作りに入り 金子君とはそれ以来でした。
そんな彼が、互いの友人(加藤栄君)が大阪・梅田の新地に飲み屋を開いた事で私の電話番号を知り電話をくれた次第です。
1976年頃 天王寺アポロホール・ライブ 中央が金子君

彼との当時の思い出話の節々に「押し入りに眠っていたギターを引っ張り出しまた弾きだした」「反抗期の息子もギターを弾いてやると目が光る」などと・・・音楽・バンドへの思いが伝わり、彼も今40歳半ばにして改めての自分捜しの時なのかナー?と・・・
人生の折り返し地点を過ぎ、やり残した事は無いか?まだ出来る事はないか?・・・子に対しても・・・言葉で教え叱るより「ギターを弾く親父の背中を見ろ」と言いたい所なのだろう・・・大変よく分かる気持ちである。私が娘の目の前でアウトランドを造成していく気持ちと同じである・・・
彼は少々照れながら「またバンドやろうやー」と・・・
楽しい話です・・・本当に出来るよう考えて見たいものですね。人生一度きり、後半戦も中身濃くOK!カモン!・・・です。
1975年頃のメンバー

私は「自分は何処から来て、何処に行くのか」とよく考えます。何処と言うのは価値(意味)と理由(目的)・・・「何の為に自分が存在し、何をする為に自分は存在するのか?」 自分と言うオリジナルに何か意味はあるのか?と・・・
私がそもそも、アウトランドを作り出したのも自分自身の生きている意味捜し・・・まだまだ答えは出ません。ただ、今言える事はマイ娘の側に居る事が第一優先!しかし娘はキセキレイの様に(月間アーカイブ2005/7/14参照) いつかは旅立ちます。そんな時もちゃんと意味を持って生きている親で有りたいと・・・「頑張って行ってこいよー、私はいつもここで前向きに生きている」と娘に言えるよう・・・
話は脱線しましたが、こんな意味でも金子君とのバンドの話は楽しく・親父の生きる意味として、すごく前向きに考えたいですねー ただ、新潟と大阪・・・?マア何とかなるか?
あまり言いたくありませんが最後に一言
まだまだ若い者には負けへんでー ・・・・・・・不良おやじの遠吠えか?
彼、金子君が2002頃ANGELのホームページを作り、若き日の自分達の写真や思い公開しています。覗いてみてください。
http://www.oct.zaq.ne.jp/afghj809/A.index.html





